黒死館殺人事件(11)
2024年01月15日 (月) | 編集 |
第七篇 法水は遂に逸せり!?

○一、シャビエル上人の手が……

どうなるどうなる?とめくった先でザビエルさんの
名前が出てきてびっくりです。どう関わってくるんだろ。

前章の終わりでは、レヴェズさんが襲ってくるような
感じに読めたのですが、ちょっと違っていたみたい。
比喩だったのかな。

法水がそっとドアを開けると、レヴェズはこめかみを
かきむしって懊悩していた。

法水はレヴェズの向かいに腰かける。
レヴェズは遺言状が開封されたことを知っていたが、
気にするようではなかった。
開封すなわち遺言の実行。期限の到来を示すものでしかないと。

「この事件の動機に、三つの潮流がある」と法水は話し出す。
まずはディグスビイ。
算哲・テレーズとの間に狂わしい三角関係があり、
おそらくユダヤ人であるためにディグスビイは敗北した。
その後の黒死館の建設は、彼にとって思いがけない機会だった
でしょう。建設後5年目に、算哲が内部を改修しています。
それはディグスビイの報復を惧れたからでしょう。
蘭貢で投身したと云うディグスビイの終焉にも、その真否を
吟味せねばならぬ必要があります。

ディグスビイが事実もし生きているのなら、ちょうど八十歳
になったはずだ、とレヴェズは言う。

次は算哲ですが、遺言状にある制裁の条項は、実行上
殆ど不可能だと思われます。たとえば恋愛のような心的な
ものはどうやって立証するのでしょう。

法水が訊ねる。
「何故、貴方がた四人の生地と身分とが、公録のものと
異なっているのでしょうか。たとえばクリヴォフ夫人は
コーカサス区地主の五女であると言われているが、
その実ユダヤ人ではないでしょうか」
一体どうしてそれを、とレヴェズは目をみはる。
「それは多分、オリガさんだけの異例でしょうが」

ここで法水は、算哲生存説を口にする。
レヴェズは非常に驚くが、説明を聞くと次第に納得し、
まだ現れていない五芒星呪文の四番目「地精よ、いそしめ」
に当たるのではないか、と言う。(墓が地下だから?)

最後の1つの動機は、「算哲が残した禁制の一つ――
恋愛の心理です」
「僕は、事件関係者全部の心象を、既に隈なく探り
尽くしたのです。それによると、犯人の根本とする
目的は、ダンネベルグ夫人にあったと言うことができます。
クリヴォフ夫人や易介の事件は、動機を見当違いの
遺産に向けようとしたり作虐的に思わせんがためなのです」

それなんだよな。
なんか、連続殺人事件のような気がしていたけれど、
殺されたのはダンネベルグ夫人だけなんですよね。
(現代ではひどすぎる考え方だけど、
使用人で障害者でもある易介は、"人" のうちに
入らない、という時代だったのかも)

そして法水は驚くべき結論を述べる。
「ですからそれが、今日伸子に虹を送った心理であり、
またそれ以前には、貴方とダンネベルグ夫人との秘密な
恋愛関係なのでした」

レヴェズは死人のように蒼ざめ、長い間沈黙する。
やがて力なく言う。
「如何にも、虹を送った事だけは肯定しましょう。然し、
儂は絶対に犯人ではない。ダンネベルグ夫人との関係などは
実に驚くべき誹謗です」

まあまあ、もうあの禁制は無効ですから遺産大丈夫ですよ
と法水がなぐさめになっているか分からないことを言う。
レヴェズは彼にとって珍しく、

「儂は虹を送りました。然し、天空の虹は抛物線(パラボ
リック、放物線)、露滴の水は双曲線(ハイパーボリック)
です。ですから、虹が楕円形(イリプティック)でない限り、
伸子は儂の懐に飛び込んでは来ないのですよ」

と、法水みたいな抽象的なことを言う。
伸子がなびかないのは理由がいくらでもあると思うけども。

犯罪現象と動機、その2つを兼ね備えたものは、まず
貴方以外にはいないのですよ。と法水は迫る。

「事件の最初の夜、伸子が花瓶を壊した際に、貴方は
あの部屋にお出でになりましたね」

レヴェズは愕然として、肘掛けを握った片手が慄え出す。
(花瓶、壊れてたのか)

法水は「秋の心」という詩を用いた実証法を述べる。
ここにミュンスターベルヒの心理実験の話が出てきて
ミュンスターベルヒ!って思いました。
(内容はよく分からない)
とにかく、さっき伸子の留守に部屋へ入って調べたのは、
伸子が落とした「聖ウルスラ記」の隣の本。
それは「予言の薫烟」というタイトルで、詩の話をした時、
それに似たワードをレヴェズが発言していた、らしい。

「予言の薫烟」の存在が明らかになると、伸子の嘘が
成立しなくなる。棚から取った本では位置的に花瓶を
倒せないからだ。

 kokusikan18.jpg

こういう流れになる。
→本を取る。
→前方で何か音がする
→後ろを向いて書棚のガラスで確認する
→寝室から誰か出てくる
→びっくりして隣の厚い「予言の薫烟」を動かして落とす
→肩に当たり、持っていた「聖ウルスラ記」を投げて
 しまい、花瓶に当たる。
→貴方は「予言の薫烟」を元の位置に戻してあげる
→部屋から去るところをダンネベルグ夫人に見つかる
→算哲の死後秘密の関係にあった夫人を激怒させる

レヴェズは冷たく言う。
「なるほど動機はそれで充分。でも儂だと証明できますかな」

結局そうなるよな。
法水の方法は相変わらず、致命的に物的証拠に乏しい。
ってか、いろいろ疑問があるな。
レヴェズが伸子の寝室にいたとしたら、既に二人は
つき合っているの?
だとしたら、寝室から出てきたことに驚くのはおかしくないか。
それから、「算哲の死後秘密の関係にあった」と言い切って
いるのはなぜだろう。もっと前からの可能性を
排除した理由は何だろう。

あ、この後
「虹を送って、儂の心を伸子に知って貰おうとしました」
って言ってます。じゃあまだつき合ってませんよね。
寝室から出てきたの怖すぎない!?
夕食で伸子が部屋をあけている隙に忍び込んでいたんですよね。
見つかったら大騒ぎになりそうなのに、なぜそんなこと……。
でも、実際は見つかったけど大騒ぎになっていませんね。
伸子はダンネベルグ夫人が激高してモメたことは周囲に
話しているけれど、レヴェズが寝室に忍んでいたことは
周囲の人に話していなさそうです。なぜだ・・・

「貴方はクリヴォフ夫人を、あの虹の濛気に依って狙撃したのだ」
と法水は断罪する。その方法は、テオドリッヒの弓だ、と。

テオドリッヒ王は、北ドイツゲルマン族のハイデクルッグ王から
奪った弓で暗殺をたくらんだが、弦が緩んでいて失敗した。
その弦の槖荑木(ビクスカルパエ)という繊維は温度によって
組織が伸縮する特性がある。
寒冷の北ドイツから温暖なイタリアへ来たため、北方蛮族の
殺人具も、性能を失ってしまった、という逸話。

 kokusikan19.jpg

ところで抱水クロラール水溶液には、低温性がある。
あの火術弩の槖荑木の繊維に抱水クロラールを塗っておく。
そこへ噴泉から濛気が送られると、麻酔剤が溶解し寒冷な
露滴となり、弦を収縮させ、矢を発射させたのだ。

このトリックの目的は、必ずしもクリヴォフ夫人の生命を
奪うのにはなかったのです。唯単に、貴方のアリバイを
一層強固にすればいいのでしたからね。

レヴェズは脂汗を流して聞いていたが、
この事件の悪霊は、貴方のことだ! 恋心は美しいものなのに
貴方はそれに慚愧と所罰しか描こうとしない! と哮る。

とその時、入口に衣擦れの音がして、歌声が廊下の彼方へ
消えていく。セレナ夫人の声だった。
彼女をとりこんだのか……と絶望したレヴェズは、
やけになって護衛を断る。法水は了承して部屋を出る。

廊下の窓をあけて佇んでいた時に熊城と検事とは
分かれていたようで、二人は訊問室で夜食を摂っていた。
(殺人現場だと思うんだけど、平気なのか……)
押鐘博士は帰邸していた。

卓上には裏庭の足跡をかたどった2つの石膏型と套靴がある。
それはレヴェズの物で、裏階段下の押し入れから発見された。
法水がレヴェズとの対決の様子を話すと、
動機と犯罪現象が一致したならなぜ処置しないのか、と非難する。
すると法水はまさかの、

「冗談じゃない。どうしてレヴェズが犯人なもんか」
と道化た身振りで爆笑する。

レヴェズとダンネベルグ夫人との関係は、真実に違いない。
でもあの寒帯植物は、ずっと前に死滅しているんだ。
あの象のような鈍重な柱体を、僕は錐体にしてやったんだよ。
つまり、レヴェズを新しい座標にして、この難事件に最後の
展開を試みようとするんだ。

ひえ、ひっどい。
図まで載せていたのに デタラメ理論で無実の人間を
追い詰めてたのか。
さしも沈着な検事も、「君はレヴェズを生き餌にして、ファウスト
博士を引き出そうとするのか」と仰天する。

僕がレヴェズに対して最も懼れているのは、ファウスト博士の
爪ではないのだ。あの男の自殺の心理なのだよ。
あの時戦っていた相手はレヴェズではないんだ。
僕はまだ事件に現れて来ない、地精の札の所在を知って居る
のだがね。と法水はうそぶく。

 kokusikan20.jpg

あの男が伸子に愛を求めた結果について、抛物線、双曲線、
楕円形と言った。
合わせるとKO、地精(Kobold)の頭2文字だ。
そして残りの「bold」に似た「Bohr(三叉箭)」、続いて
「rube(蕪青)」と言った。合わせて見給え。
「格子底机(ボールドルーベ)」、伸子の部屋にあったものだ。

もし法水の推断が真実なら、伸子が犯人ということだ。
三人は伸子の部屋へ向かうが、法水は古代時計室の前で
立ち止まると、伸子の方は私服刑事に任せてしまって
押鐘津多子を呼ぼうとする。
「後でいいだろう!」と熊城はイライラする。わかるよ。
あの廻転琴(オルゴール)時計見たいんだよねー、
と法水は言う。

壁に手をつきながら津多子がやってくる。
40を超えていても美しい。
外見の描写が入って気がついたけれど、津多子に事情聴取
するのは初めてですね。ずっと話に出てきているから
もう会ったことがあるような気がしていました。

いきなりすいません、貴女のこと人形使いと呼ばないと
いけないんです、と言われ、津多子は体をこわばらせる。

私はここに昏倒されて閉じ込められていたんです。
しかもあの夜8時20分には、田郷さんが施錠したとも
言うじゃないですか、と津多子は反論する。

法水は相手の顔を凝然と見ながら言う。

「中央のオルゴールつきの人形時計を、その童子人形の手が
シャヴィエル上人の遺物筺になっていて、報時の際に鐘を打つ
事も御存知ですよね。あの夜9時にシャヴィエル上人の右手が
振り下ろされると同時にこの鉄扉が、人手もないのに
開かれたのでしたね」


二、光と色と音――それが闇に没し去ったとき

津多子はフラリとよろける。

法水は、あの日にあったことを再現する。
真斎に鍵を借りて、羅針儀式装置を動かして室内に入る。
閉じる時と逆の操作をすれば、開く。という理屈。
その操作を記録したのがオルゴール。
文字盤の周囲の突起に糸を結び、逆の端をオルゴールの
棘のひとつに結ぶ。

検事に外から文字盤を回して施錠させる。
文字盤の回転につれてオルゴールの筒が周り、
みごとに記録された。それがちょうど8時に20秒ほど前。

オルゴールが鳴り出すと文字盤が逆に回り、
塔上の童子人形が右手を振り上げる。
カアンと鐘に撞木が当たると同時に、ドアが開かれた。
(中から開ける分には、文字盤の蓋の鍵は必要ない)

時計室の文字盤および回転鍵というのを、わたしは
なんていうか、銀行の金庫の扉のデカイ丸いやつ
みたいなイメージで捉えていました。素材は鉄。
オルゴールのツメって、鍵盤をはじく ちょっとした
でっぱりですよね。
あれに結んだ糸で、文字盤回せるのか・・・?
たぶん、現代のイメージとは違うんだろうな。
からくり時計のオルゴールはデカくて、
文字盤と鍵は小さいんだ。
まぁ、このトリックは「そういうものだ」と
納得することにしても良いです。

貴女が不可解な防温手段を施されていたのが
怪しかったんですよ。と法水は言う。

津多子は観念し、
薬物室のドアが既に開かれていたこと、
抱水クロラールも、それ以前に手をつけた跡があったこと、
酸化鉛の瓶の中は、2グラムのラジウムだったことと
押鐘博士が持ち帰ったことを供述する。

病院経営を救うための窃盗らしい。そのため、1ヶ月も
前から機会をうかがっていたと。

ラジウムが経営にどう貢献するのか分からない。
高く売れるのかな?? ダイヤモンド的な?
盗まなくても、頼んだらもらえたんじゃないかなぁ。
旗太郎も4人も、ラジウム持っててもしょうがないでしょ。
とにかく、津多子は殺人事件の犯人ではない、と言う。

窃盗を企てていた津多子が、万が一盗難が発覚した際に
自分を容疑者の外へ置き、他の犯人の存在を作るために
行ったことが、津多子失踪&監禁事件の顛末らしい。
それがあいにく、ダンネベルグ夫人殺人事件とかちあって
しまったので、ややこしく見えていたのか。

この計画、杜撰だよなあ。
ラジウムの窃盗が発覚したとして、その正確な犯行日時は
把握できないでしょう。だいぶ後日になって
「そういえば閉じ込められたことあったな」という人物が
それを理由に容疑からはずれることはなさそう。
だって閉じ込められていない時間の方が長いんだから。

真斎が鍵をかけたのも、たまたま彼がちゃんとしていた
からであって、たまたま忘れたり、古賀くんみたいなのが
担当で、いつかけたかよく分かりませんとかなったら、
アリバイが成立するかどうかも怪しい。
しかも、「週1の掃除を前日に行った」というタイミングで
中に閉じこもったら、ヘタしたら6日間、発見されませんよ。
一度「鍵を紛失した」と言われてた時もあったし。
高確率で死にそう。どうするつもりだったの?

……というか、オルゴールのトリックで扉を開けて
中から外へ出られることは分かったけれど、
その必然性が分からないな。
このトリックで施錠はできないですよね。
津多子は「閉じ込められている」という状況が
ほしかったはず。
真斎が施錠した時たぶん中にいたんだけど、その必要は
あったのかな?
時計室に隠れる→施錠される→オルゴールがドアを開ける
→部屋を出てラジウムを盗む→時計室に戻って毛布に
くるまって睡眠薬を飲む
こういう流れだと思うんだけど、これだと部屋の鍵は
開いた状態になっちゃうんだよなぁ。
うーん、私が正しく理解できていないのかなぁ。

法水の話は、聞いてると納得しそうになるんだけど、
よく考えると「ん?」って時あるんだよな。
それが彼のスキルなんだろう。

熊城は不服そうだったが、法水は津多子を返してしまって
鎮子と押鐘博士の身分を洗うよう指示を出す。

そういえば、閉じ込められていたという理由で
除外されていたけど、写真乾板落とした謎の人物は、
やっぱり津多子の可能性ありますね。

そこへ、伸子の部屋から地精の札が発見された報告が来る。

伸子は訊問室へ連れてこられて、油汗だらだらで泣いている。
札のことは知らないらしい。否定する声ももつれる。
あまりにも怪しい態度に熊城もニッコリだが、
法水はハッとして、「いかん。解毒剤をすぐ!」と
伸子を運び出させる。

たぶんピロカルピン中毒だろう、という。
調べてみるとピロカルピンは、緑内障の治療に用いられる
一般的な点眼薬らしい。
僕らが地精のカードを発見したことを知るわけでないので、
自殺ではありえない。嚥まされたんだ。
それも決して殺す積りではなく、あの迷濛状態を僕らに向けて
伸子に三度目の不運をもたらそうとしたに違いない、と言う。

なるほど、目薬では殺害の道具としては弱くないかなと
思ったけれど、そういう意図なら納得です。

捜査状況も筒抜けということで、怖ろしい犯人だな、となる。
でも熊城が、「今日の伸子には感謝してもいいだろう」と言う。
部下が伸子の部屋を探っている間、伸子はクリヴォフの部屋で
お茶を飲んでいた。そこには
旗太郎、レヴェズ、セレナ、頭中包帯のクリヴォフも
寝台に起き上がっていた、と言う。
犯人の範囲が明確に限定されたことになる。

検事が薬物室の調査を提案する。ピロカルピンの入手経路が
重要だと。
津多子なら、押鐘博士を通して手に入れたことも考えられるが、
それ以外なら、まず薬物室以外には考えられない。

薬物室が調べられ、ピロカルピンの薬罎はあるが、
未使用のまま薬品棚の奥に埋もれていた。

法水は少し失望するが、突然叫ぶ。
そうだ、元来あの成分はヤポランジイの葉に含まれている。
温室へ行こう。

温室は、裏庭の菜園の後方にあり、動物小屋と鳥禽舎と
並んでいた。(黒死館、なんでもあるなぁ)

ヤポランジイもあり、茎に6ヶ所ほど、最近葉をもぎ取った
跡が残っていた。
法水の顔に、危惧の色が波打つ。
「いまの伸子の場合には、六枚の葉全部が必要ではなかった。
犯人が未だ握っているはずの五枚――。その残りに、僕は
犯人の戦闘状態を見たような気がするのだよ」
(それはたしかに、正しい指摘だなぁ)

検事が園芸師に、最近出入りした者を訊ねる。
最初しらばっくれようとしたが、法水に「広間にある藤花蘭の
色合わせは、君の芸じゃあるまいね」と謎にほのめかされると
しゃべり出す。
「あの事件当日の午後、旗太郎様が、昨日はセレナ様が、
でもヤポランジイの葉には、気がつきませんでした」

最も嫌疑の薄かった旗太郎とセレナ夫人も容疑者入りとなり、
事件の二日目は奇矯変態の極至とも云うべき謎の続出で、
恐らくその日が事件中紛糾混乱の絶頂と思われた。

その二日後――黒死館で、年一回の公開演奏会が開かれた。

中止にならなかったのビックリです。
2人死んでて、犯人つかまってないのに。
四重奏の第一ヴァイオリンが抜けて、コンサートになるのかなぁ。

法水も黒死館にいるのかと思いきや、検事と熊城と、
地方裁判所で捜査会議を行っていた。時刻は3時過ぎ。

二日にわたって考えた法水は、意欲たっぷりで話し出す。
まず、靴跡について。

2種のうち、巨漢レヴェズの套靴を履いたのが、易介なんだ。
拱廊にあった具足の鞠靴を履いて、その上に套靴を無理やり
嵌め込んだに違いない。

「易介はダンネベルグ事件の共犯者なのか」と熊城が言うと、
冗談じゃない、あのファウスト博士にそんな小悪魔が
必要なもんか、と法水は嗤う。

園芸靴の方は、クリヴォフ夫人の顔が浮かんでくる。
クリヴォフ夫人のような初期の脊髄癆患者には、ババンスキイ
痛点という後踵部の痛点が現れる。

検事が「園芸靴の跡には、重点が後踵部にあった筈だ」と言う。

逆さに履いたのだ。
爪先を踵に入れることでクリヴォフ夫人は、偽装足跡を残す
だけでなく、最も弱点である踵を保護して、自分の顔を
足跡から消したのだ。そしてその行動の理由は、あの
乾板の破片にあった――と僕は結論したいのだ。

えっと、乾板を落としたのはクリヴォフ夫人ではないはず
ですよね。神意審問会に出ていたので。
室内にいて、誰かが外で何かを落としたのに気づけたのかな?
それを後から拾いにいく時に、自分だとバレないように
細工をしたということ? そこまでして拾いにいくものだと
どうして判断したんだろう。
破片が翌日にも残っていたのは、深夜の暗闇で
すべてを拾いきれなかったということかな。

法水は押収品の火術弩を、机にたたきつける。
すると弦から白い粉が落ちる。燃えたラミイの粉末だ。

ラミイって麻のことかな? 昔「ラミー100」っていう
ジュート糸編んだことがあるけど、そうでなかったら
ラミイが何かピンとこなかった気がする。

トリウムとセリウムの溶液に浸したラミイは、ささいな熱で
変質しやすくなる。繊維を撚って干瓢型(?)にしたものを
犯人は弦の中に入れて、弦を縮めておいた。
あの上下窓のガラスには焼泡がある。太陽の光線が
繊維のそばで焦点を作ると熱が起き、ラミイの繊維が破壊され、
箭が発射される。
恐らく背中椅子に当てるつもりだったのだろう。ところが
結果偶然にもあの空中サーカスを生んでしまったのだ。

この計画が本当なら、怖ろしすぎる。
少しでもずれたら、頸や頭に当たりますよね。
というか実際、少しより もう少しずれたから、髪だけ貫いて
命拾いしたわけですが。これはさすがにリスクが高すぎる。
室内に誰か他の人がいたわけではないし、
私なら椅子には座らないな。
箭が発射された後で、座っていたことにすればいいんだから。

検事はおおむね納得しつつも、窓の調節をした伸子と
クリヴォフのどちらに意図があったか定かではない、と指摘する。
法水は答える気がないのか、じゃ、倍音の件だけど――と
そっちの説明に移る。

伸子の演奏中、鐘楼から尖塔へ行く鉄梯子を上り、十二宮の
円華窓のひびを塞いだものがいるんだ。
両端の開いている管の一端が閉じられると、そこに1オクターブ
上の音が発せられるんだ。
犯人はそれ以前に、鐘楼の回廊にも現れ、風精の紙を貼りつけた。
中央の扉をこっそりと閉めたのだ。鐘鳴器独特の唸りの世界だ。
扉を閉めたのは、鍵盤の前にいる伸子の耳を焦点にするためだ。

気柱の共鳴やうなりは、高校物理の「波動」で学びますね。
開管を閉管にすると振動がどうなるか……みたいなことも
学びます。まさかその知識が求められるとは。
昭和の初めには、常識レベルの範囲の教養だったの??

これが判ったところで犯人が明らかになるものではなく、
伸子の無辜を明かにしたに過ぎない。しかし、伸子が犯人で
ないとすると、武具庫の凡ゆる状況が、クリヴォフに
傾注されていく――それもけだしやむを得んだろうね。

あ、一応、さっきの検事の疑問の答えになっていたのか。

熊城が、でもどの場面でもクリヴォフのアリバイは
到底打ち壊しがたいものだ、と言う。(たしかに)

では、と法水は満足そうにディグズビイの奇文を記した
紙片を取り出す。
故意に文法を無視したり冠詞がないのは、これが暗号に
なっているからだ、と言う。

ここからの暗号解読パートは難しすぎて理解しきれない。
小栗虫太郎自身すら
(作者より――暗号の説明が、幾分煩瑣に過ぎるかと
思われますので・・・)
と書いているくらいなので、分からなくても仕方ないかも。

とにかく解読すると、crestless stone(紋章のない石)
というひとつの言葉が出てくる。らしい。

「ダンネベルグ夫人が殺された室を見て、そこの壁爐が、
紋章を刻み込んだ石で築かれていたのに
気がつかなかったかね」

法水が言った瞬間、あらゆるものが静止したように思われた。
時刻は6時。煙のような雨が降りはじめている。

黒死館の演奏会は、いつもの礼拝堂で行われている。
楽人は皆かつらをつけ、目がさめるような朱色の衣装を
着ている。法水一行が着いた時には、二曲目が始まっていた。
伸子の弾く竪琴と、クリヴォフ、セレナ、旗太郎の
弦楽三重奏の第二楽章の最初だった。

法水一行は最後の列に腰を下ろし、演奏会の終了を待つ。
臨時の大シャンデリアが天井でこうこうと照らしているので、
万が一にも何も起こらないだろうと思われたが・・・
不意にシャンデリアの灯が消えて、暗黒になった。
演奏台の上で何者かのうめき声が起こる。
ドカっと床に倒れるような音がして、弦楽器がけたたましく
階段を転げ落ちていく。
その音が途絶えると、堂内は静まりかえる。

どこか近くから、せせらぎのような微かな音が聞こえてくる。
壇上の一角に一本のマッチの火が現れ、階段を客席の方へ
降りてくる。
尽きた炎が落ちると、キアッという悲鳴が闇をつんざく。
伸子の声だと意識する余裕もなく、床には硫黄のように
うっすら一幅の帯が輝きだしている。
いくつもの火の玉がチリチリと現れては消え、
消えゆく瞬間の光が、斜めに傾いでかつらの隙から現れた
白い布の上に落ちた。
それはまぎれもなく、額の包帯ではないか。

斃されたのは誰あろう、法水の推定犯人、
クリヴォフ夫人だったのだ。

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