八甲田山
2013年11月13日 (水) | 編集 |
新田次郎さんの本をもっと借りようと思って
地元の図書館で検索したら、
映画のDVDがあったんです。

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この間読んだばかりの、「八甲田山」!
(小説版のタイトルは「八甲田山死の彷徨」)

小説を読んでいて、いったいどんなところなのか
見てみたい・・・という思いがしていましたので、
早速借りてみました。

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高倉健さん、北大路欣也さん、丹波哲郎さん、三国連太郎さん、
加山雄三さん、藤岡琢也さん、緒方拳さん・・・
すごいキャストにびっくり。

「八甲田山死の彷徨」は、日露戦争の開戦前、
ロシアの侵攻に備えて行われた雪中行軍の演習中、
記録的な寒波に見舞われて210名中199名が死亡した
八甲田雪中行軍遭難事件を描いた小説です。

演習の内容は、青森第五聯隊と弘前第三十一聯隊が
別々の場所からスタートして、八甲田山ですれ違い、
各々縦断しようという計画。

その弘前第三十一聯隊の中隊長が、徳島大尉。
青森第五聯隊の中隊長が、神田大尉。
大隊長が、山田少佐。

この3名をそれぞれ、高倉健さん、北大路欣也さん、
三國連太郎さんが演じておられて、
3名ともが この映画の主演とのことです。

1977年公開ですって!
ほぼわたしの生まれた頃です。
北大路欣也さんも、まさかやがて頑固なワンコの声を
アテる日が来るなんて
想像してらっしゃらなかったでしょうね。

原作を読んだ後なので とても興味深く見れたのですけれど、
これ、映画から見たら、内容がうまく理解できたかなぁ。

だって登場人物全員同じ軍服姿で、
ほとんど吹雪で、雪に埋まって顔が見えないのです。
「えっ、誰!?」って思うことしばしば。

それでも、当時、日本映画の配給収入の新記録を出したそうです。
新田次郎さんの原作が大ベストセラーになっていたそうですから、
当時も、原作も見て映画も…という方が多かったのかな。

これすごいのは、「特別愛蔵版」とのことで、
特典映像のついたDVD2枚組になっているんです。

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特典ディスクの方は、映画を制作された橋本忍さんという方の
対談形式のインタビューなども収録されていました。
なんだろう、テレビで放映されたのかなぁ?
当時もちろん、映画をコンテンツの形で提供するなんてことは
なかったわけなので、今みたいに販売用に用意したわけでは
ないですよね。

そのお話によると、この映画の撮影に3年を費やしたそうです。

ちょうど良い具合に吹雪く日など そうはないことや、
青森の四季を撮るため、それだけの日数が必要だったとのこと。

本編に、大きな雪崩に慄くシーンが出てくるんです。
CGではあるまいし、
撮影のために雪崩を起こすというのもナンセンスだし、
そもそも原作に雪崩に遭うシーンは出てこないし、
どうやって撮ったのだろうと思いましたが、
3年撮影していたら、雪崩に遭遇することもあるだろうなと
納得でした。

   *

映画は実際の八甲田山で撮影されたので、
小説の舞台となった景色が実際に見られて満足しました。
ただ、小説で重きをおかれていたことが
描かれていないような気がしました。

わたしが小説を読んで感じたのは、
今、選挙で「一票の重みの格差」という問題がありますけれど、
つい100年ほど前の同じこの国では、
「命の重み」に明らかに格差があったんだなということです。

第五聯隊が全滅したのは、山田少佐の責任です。

この人が、ライバル心から無茶な編成を組ませたり、
よう知らんくせに現場の責任者の判断に口出しして
傷口を広げた・・・と小説では描かれています。

それでも、疲労で歩けなくなった山田大佐を兵卒が補佐し、
力尽きて倒れたらまた別の兵卒が補佐し、
上官ひとりを守るために兵卒がバタバタ死んでいく、
それがおかしいという発想はなかった、と書かれていました。

小説の終わりには、隊の編成と、
階級に応じた生存率の一覧が載っていました。
それには如実に、上官ほど生き延び、
兵卒ほどそれが叶わなかったことが
データとして表れていました。

新田次郎さんが描きたかったのは、
そこなんじゃないかなと思ったのです。

それが映画ではあまり伝わってきませんでした。

背嚢を燃やしたたき火にあたるシーンで
一番外側の兵士がぱたぱた倒れていくという描写はありましたが、
映画を見ただけではそれが、
上官から順に火に近い方に座っていたから…ということまでは
分からないと思います。

だから観終わって少し違和感があったのですが、
特典ディスクにはズバリ「制作意図」というコンテンツ
(橋本さんの文章)が載っていたのです!

以下、それを抜粋。

---
(略)

この映画は耐寒演習などを行う軍隊の非人間性とか、
命令指揮の乱れとか、
成功した隊の指揮官の用心深さ、周到さ、誤らない処理とか
また一糸乱れずそれに応えた隊員の勇気とか、
そんなことと対比して描くのが目的ではない。

青森第五聯隊は大部隊によって自然を克服、
つまり征服しようとした。
しかし、弘前三十一聯隊は自然に逆らわず、
それとは折り合いその猛威と厳しさに耐え、
克服するのではなく生きるための妥協点を強い有機で合理的に求めた。

二つの隊の違いはただこの一点だけであり、
この映画を創る意義創らなければいけない目的はそこにある。

(略)
---

正直、ええええーーって思いました。

でも、橋本さんの思いはまさにこのとおりなようです。
インタビューの中でも、同じことを仰っていました。

人間は自然に敵わない。
自然を甘く見てはいけない。

それは・・・
2013年の日本人は、全員分かっていると思います。

この映画が企画され、この文章が書かれたのは昭和49年。

戦後25年くらい?
関東大震災は大正12年だから、50年以上前?
伊勢湾台風も昭和34年だから、15年くらい前のこと。
当時甚大な天災とか、なかったのかなぁ。

まさかテーマがそうとは思いませんでした。

橋本さんは、「八甲田山死の彷徨」を読んで、
「これを映画化したい!」と思ったわけではないでそうです。

知人に「こういう話があるけど映画にしてみたら?」と言われて
最初はそんなの作っても…と思った・・・という件が
インタビューの中にありました。

映画のタイトルが小説とどうして違うのかな?
というのも疑問でしたが、それも解けました。
別に小説に思い入れはなかったということですね。

本編だけではいろいろと謎やモヤモヤが残ったと思うので、
こうして愛蔵版が見られたのはラッキーでした。
同じひとつの物事に対しても、
ひとの受け取り方はさまざまですね。

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  テーマ:DVD ジャンル:映画
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