黒死館殺人事件(12)・了
2024年01月17日 (水) | 編集 |
第八篇 降矢木家の壊崩

「黒死館殺人事件」は、現在「青空文庫」で
読むことができます。
1935年刊行の作品なので、2024年の今、
既に著作権が消滅しているんですね。

それもあって、今回読んでいきながら
あらすじや感想を細かく書くことも構わないだろうと、
引用もたくさんしながら書いてきました。

第八篇が、この作品の最後の章です。
そこへさしかかって、さすがにこの章に関しては、
細かく筋を追って書いていくのはやめようと思います。
ミステリ作品の「ネタバレ」は、
やっぱり、してはいけないことだと思うので。

これまでのところにも、都度、トリックの解明パートが
ありましたが、ミステリといえば「どんでん返し」で
今までの情報がひっくり返らないとも限らないので、
これから読む方も、楽しめると思います。
特にこの最終章はいろんなことが起こりましたので!

ネタバレと関係ない部分で、全体的な感想や
まとめを書いていこうと思います。

「三大奇書」は「アンチ・ミステリ」と言われることがあり、
私もそのつもりで読み始めたのですが、なかなかどうして
しっかりミステリしていたように思います。

いわくつきの館、奇矯な家人、遺言、連続殺人、蘇る死人?
と、読んでみればミステリ好きが大好きなモチーフが
いっぱいでしたからね。

でも軽く調べると本書を「本筋と含蓄の主客転倒」と
評す一文があって、
これは本当に本質をついた表現だなと思いました。
そこが一番の特徴ですね。

何回にもわたって筋を書きとめてきたけれど、
こうまでしないとストーリーの流れが把握できないほど
装飾が多いって、たしかに異常w

途中で法水に「ちょっと黙っててくれないかな」と
思っちゃったことありますからね。
まぁ次第にそれが彼の捜査のやり方だし、彼は真摯に
謎に取り組んでいるわけで、彼の魅力も分かってきます。

というか、後半は蘊蓄の多さにももう慣れてきて、
法水の活躍を楽しめるようになっていました。
読んでは戻り、戻っては調べ、調べてはまとめ、
理解して次へ、というサイクルでやっていましたが、
最後の方はまとめるより先に続き読みたいな!って
思うくらいでした。

今ちょっとだけ調べたら、法水麟太郎はこの作品だけでなく
他にも出演している作品があるみたいですね。
「黒死館殺人事件」の書き出しも、

「聖アレキセイ寺院の殺人事件に法水が解決を公表
しなかったので、そろそろ迷宮入りの噂が立ち始めた
十日目のこと――」

と、他の事件のことがほのめかされているんです。
これらも読んでみたくなっちゃいましたよね。
探偵役として、充分に魅力のあるキャラクタです。
「法水麟太郎短編集」、文スト版でまた発売されたら
いいのにな!

   *

文章そのものについても、読めない漢字や知らない言葉が
ほんとにちょくちょくありました。

然し(しかし)、愈々(いよいよ)、夫々(それぞれ)

なんかは、最近では普通ひらがなで書かれるから、
漢字で書かれていると「なんて読むんだっけ!?」って
なっちゃいます。

剔抉(てっけつ)、慄悍(ひょうかん)、反噬(はんぜい)、
闡明(せんめい)、使嗾(しそう)

あたりは、読めもしないし見たこともないし
検索するために手書きパッド起動する必要もあって、
たいへんでした。

たとえば夏目漱石の「五月蠅い」みたいな、
虫太郎さんの造語なんかも 中にはあったんだろうと思うのですが、
そうでない普通の熟語にも、知らない言葉がありました。
使われていないから知る機会もない……ということでしょうか。

まだ100年も経っていないのに、実際消えてしまった言葉が
たくさんあるんだなと思うと、少し淋しい気がします。

でも、相手に通じない言葉を使っても、コミュニケーション
成立しませんよね。
「キミそれは反噬だろう、失礼な!」とか言っても
相手ポカンですよ。変換さえされないもの。
日常的に使っていくのは、もはや無理があるよなぁ。

たまにこうして、戦前の文学にも触れて
楽しんでいくくらいが、せめてもできることなのかな。

 kokusikan21.jpg

そうだ、あと、
麻耶雄嵩さんの「翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件」
という作品があるのですが、(彼にとってはデビュー作)
これ、『黒死館殺人事件』のオマージュやパロディに
なっているそうですね。
こちらは随分前に読んだことがあるんですが、その時は
黒死館との関連は全く知りませんでした。
(新本格ブームが始まった頃だったから、ふつうに
面白く読みました)

今読んだら、はは~んって思うようなこともあるのかな。
また読み返してみようと思います。

 kokusikan22.jpg

(で、さらにマジで関係ないけど、これ↑文庫版の初版本ですが、
本体に書かれたタイトルが間違ってるんですよね。
カバーの方は正しいのですが。
こんなことあるんだなって、当時思いました)

とにかく今は、読んでみてよかったなという思いです。
「なんだよ、こんな本!」みたいな悪感情は全然ないです。
3週間以上もかかりきりでしたので、大変でしたが……。
やっとこれで、編み物などもできます。

長い間ハンドメイド作品も載せずに
異常な長さの記事ばっかり続いちゃってスミマセンでした。
一応、本書を初めて読もうとされる方の
微力ながら一助にはなるかもしれないなと思います。
娘も、「読むときはお母さんのまとめ参考にしよかな」
と言ってました。飲み会の「行けたら行く」くらいのノリで。

じゃあ最後に、ドラマの予告編的に
最終章のダイジェストを載せておきますね。
つづきが気になった方や最初から自力で読んでみたいと
思われた方は、ぜひ手に取ってみられたら
損はしないんじゃないかと思います。

   *

この館の何処かに瀑布が落ちているのだ。

「開閉器(スイッチ)を、灯を!」

突然、額を蹴られて床に倒れる熊城。

「法水君。レヴェズは君の詭弁に追い詰められて、自分の
無辜を証明しようとした結果、護衛を断ったんだぜ」

呼び出される古賀くん。

「ところで、八木沢さん」

マントルピースの上にずらりとならぶ "忘れな壺"。

「昨日レヴェズ様が、私に公然結婚をお申し出になりました」

一つ二つ鶫が鳴き始め、やがて堡楼の彼方から、美しい歌心
の湧き出ずにはいられない、曙がせり上がってくるのであった。

「一体犯人は誰なんだ!」

 kokusikan23.jpg

(進捗・469/469ページ:読了)

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  テーマ:読んだ本の感想等 ジャンル:小説・文学
黒死館殺人事件(11)
2024年01月15日 (月) | 編集 |
第七篇 法水は遂に逸せり!?

○一、シャビエル上人の手が……

どうなるどうなる?とめくった先でザビエルさんの
名前が出てきてびっくりです。どう関わってくるんだろ。

前章の終わりでは、レヴェズさんが襲ってくるような
感じに読めたのですが、ちょっと違っていたみたい。
比喩だったのかな。

法水がそっとドアを開けると、レヴェズはこめかみを
かきむしって懊悩していた。

法水はレヴェズの向かいに腰かける。
レヴェズは遺言状が開封されたことを知っていたが、
気にするようではなかった。
開封すなわち遺言の実行。期限の到来を示すものでしかないと。

「この事件の動機に、三つの潮流がある」と法水は話し出す。
まずはディグスビイ。
算哲・テレーズとの間に狂わしい三角関係があり、
おそらくユダヤ人であるためにディグスビイは敗北した。
その後の黒死館の建設は、彼にとって思いがけない機会だった
でしょう。建設後5年目に、算哲が内部を改修しています。
それはディグスビイの報復を惧れたからでしょう。
蘭貢で投身したと云うディグスビイの終焉にも、その真否を
吟味せねばならぬ必要があります。

ディグスビイが事実もし生きているのなら、ちょうど八十歳
になったはずだ、とレヴェズは言う。

次は算哲ですが、遺言状にある制裁の条項は、実行上
殆ど不可能だと思われます。たとえば恋愛のような心的な
ものはどうやって立証するのでしょう。

法水が訊ねる。
「何故、貴方がた四人の生地と身分とが、公録のものと
異なっているのでしょうか。たとえばクリヴォフ夫人は
コーカサス区地主の五女であると言われているが、
その実ユダヤ人ではないでしょうか」
一体どうしてそれを、とレヴェズは目をみはる。
「それは多分、オリガさんだけの異例でしょうが」

ここで法水は、算哲生存説を口にする。
レヴェズは非常に驚くが、説明を聞くと次第に納得し、
まだ現れていない五芒星呪文の四番目「地精よ、いそしめ」
に当たるのではないか、と言う。(墓が地下だから?)

最後の1つの動機は、「算哲が残した禁制の一つ――
恋愛の心理です」
「僕は、事件関係者全部の心象を、既に隈なく探り
尽くしたのです。それによると、犯人の根本とする
目的は、ダンネベルグ夫人にあったと言うことができます。
クリヴォフ夫人や易介の事件は、動機を見当違いの
遺産に向けようとしたり作虐的に思わせんがためなのです」

それなんだよな。
なんか、連続殺人事件のような気がしていたけれど、
殺されたのはダンネベルグ夫人だけなんですよね。
(現代ではひどすぎる考え方だけど、
使用人で障害者でもある易介は、"人" のうちに
入らない、という時代だったのかも)

そして法水は驚くべき結論を述べる。
「ですからそれが、今日伸子に虹を送った心理であり、
またそれ以前には、貴方とダンネベルグ夫人との秘密な
恋愛関係なのでした」

レヴェズは死人のように蒼ざめ、長い間沈黙する。
やがて力なく言う。
「如何にも、虹を送った事だけは肯定しましょう。然し、
儂は絶対に犯人ではない。ダンネベルグ夫人との関係などは
実に驚くべき誹謗です」

まあまあ、もうあの禁制は無効ですから遺産大丈夫ですよ
と法水がなぐさめになっているか分からないことを言う。
レヴェズは彼にとって珍しく、

「儂は虹を送りました。然し、天空の虹は抛物線(パラボ
リック、放物線)、露滴の水は双曲線(ハイパーボリック)
です。ですから、虹が楕円形(イリプティック)でない限り、
伸子は儂の懐に飛び込んでは来ないのですよ」

と、法水みたいな抽象的なことを言う。
伸子がなびかないのは理由がいくらでもあると思うけども。

犯罪現象と動機、その2つを兼ね備えたものは、まず
貴方以外にはいないのですよ。と法水は迫る。

「事件の最初の夜、伸子が花瓶を壊した際に、貴方は
あの部屋にお出でになりましたね」

レヴェズは愕然として、肘掛けを握った片手が慄え出す。
(花瓶、壊れてたのか)

法水は「秋の心」という詩を用いた実証法を述べる。
ここにミュンスターベルヒの心理実験の話が出てきて
ミュンスターベルヒ!って思いました。
(内容はよく分からない)
とにかく、さっき伸子の留守に部屋へ入って調べたのは、
伸子が落とした「聖ウルスラ記」の隣の本。
それは「予言の薫烟」というタイトルで、詩の話をした時、
それに似たワードをレヴェズが発言していた、らしい。

「予言の薫烟」の存在が明らかになると、伸子の嘘が
成立しなくなる。棚から取った本では位置的に花瓶を
倒せないからだ。

 kokusikan18.jpg

こういう流れになる。
→本を取る。
→前方で何か音がする
→後ろを向いて書棚のガラスで確認する
→寝室から誰か出てくる
→びっくりして隣の厚い「予言の薫烟」を動かして落とす
→肩に当たり、持っていた「聖ウルスラ記」を投げて
 しまい、花瓶に当たる。
→貴方は「予言の薫烟」を元の位置に戻してあげる
→部屋から去るところをダンネベルグ夫人に見つかる
→算哲の死後秘密の関係にあった夫人を激怒させる

レヴェズは冷たく言う。
「なるほど動機はそれで充分。でも儂だと証明できますかな」

結局そうなるよな。
法水の方法は相変わらず、致命的に物的証拠に乏しい。
ってか、いろいろ疑問があるな。
レヴェズが伸子の寝室にいたとしたら、既に二人は
つき合っているの?
だとしたら、寝室から出てきたことに驚くのはおかしくないか。
それから、「算哲の死後秘密の関係にあった」と言い切って
いるのはなぜだろう。もっと前からの可能性を
排除した理由は何だろう。

あ、この後
「虹を送って、儂の心を伸子に知って貰おうとしました」
って言ってます。じゃあまだつき合ってませんよね。
寝室から出てきたの怖すぎない!?
夕食で伸子が部屋をあけている隙に忍び込んでいたんですよね。
見つかったら大騒ぎになりそうなのに、なぜそんなこと……。
でも、実際は見つかったけど大騒ぎになっていませんね。
伸子はダンネベルグ夫人が激高してモメたことは周囲に
話しているけれど、レヴェズが寝室に忍んでいたことは
周囲の人に話していなさそうです。なぜだ・・・

「貴方はクリヴォフ夫人を、あの虹の濛気に依って狙撃したのだ」
と法水は断罪する。その方法は、テオドリッヒの弓だ、と。

テオドリッヒ王は、北ドイツゲルマン族のハイデクルッグ王から
奪った弓で暗殺をたくらんだが、弦が緩んでいて失敗した。
その弦の槖荑木(ビクスカルパエ)という繊維は温度によって
組織が伸縮する特性がある。
寒冷の北ドイツから温暖なイタリアへ来たため、北方蛮族の
殺人具も、性能を失ってしまった、という逸話。

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ところで抱水クロラール水溶液には、低温性がある。
あの火術弩の槖荑木の繊維に抱水クロラールを塗っておく。
そこへ噴泉から濛気が送られると、麻酔剤が溶解し寒冷な
露滴となり、弦を収縮させ、矢を発射させたのだ。

このトリックの目的は、必ずしもクリヴォフ夫人の生命を
奪うのにはなかったのです。唯単に、貴方のアリバイを
一層強固にすればいいのでしたからね。

レヴェズは脂汗を流して聞いていたが、
この事件の悪霊は、貴方のことだ! 恋心は美しいものなのに
貴方はそれに慚愧と所罰しか描こうとしない! と哮る。

とその時、入口に衣擦れの音がして、歌声が廊下の彼方へ
消えていく。セレナ夫人の声だった。
彼女をとりこんだのか……と絶望したレヴェズは、
やけになって護衛を断る。法水は了承して部屋を出る。

廊下の窓をあけて佇んでいた時に熊城と検事とは
分かれていたようで、二人は訊問室で夜食を摂っていた。
(殺人現場だと思うんだけど、平気なのか……)
押鐘博士は帰邸していた。

卓上には裏庭の足跡をかたどった2つの石膏型と套靴がある。
それはレヴェズの物で、裏階段下の押し入れから発見された。
法水がレヴェズとの対決の様子を話すと、
動機と犯罪現象が一致したならなぜ処置しないのか、と非難する。
すると法水はまさかの、

「冗談じゃない。どうしてレヴェズが犯人なもんか」
と道化た身振りで爆笑する。

レヴェズとダンネベルグ夫人との関係は、真実に違いない。
でもあの寒帯植物は、ずっと前に死滅しているんだ。
あの象のような鈍重な柱体を、僕は錐体にしてやったんだよ。
つまり、レヴェズを新しい座標にして、この難事件に最後の
展開を試みようとするんだ。

ひえ、ひっどい。
図まで載せていたのに デタラメ理論で無実の人間を
追い詰めてたのか。
さしも沈着な検事も、「君はレヴェズを生き餌にして、ファウスト
博士を引き出そうとするのか」と仰天する。

僕がレヴェズに対して最も懼れているのは、ファウスト博士の
爪ではないのだ。あの男の自殺の心理なのだよ。
あの時戦っていた相手はレヴェズではないんだ。
僕はまだ事件に現れて来ない、地精の札の所在を知って居る
のだがね。と法水はうそぶく。

 kokusikan20.jpg

あの男が伸子に愛を求めた結果について、抛物線、双曲線、
楕円形と言った。
合わせるとKO、地精(Kobold)の頭2文字だ。
そして残りの「bold」に似た「Bohr(三叉箭)」、続いて
「rube(蕪青)」と言った。合わせて見給え。
「格子底机(ボールドルーベ)」、伸子の部屋にあったものだ。

もし法水の推断が真実なら、伸子が犯人ということだ。
三人は伸子の部屋へ向かうが、法水は古代時計室の前で
立ち止まると、伸子の方は私服刑事に任せてしまって
押鐘津多子を呼ぼうとする。
「後でいいだろう!」と熊城はイライラする。わかるよ。
あの廻転琴(オルゴール)時計見たいんだよねー、
と法水は言う。

壁に手をつきながら津多子がやってくる。
40を超えていても美しい。
外見の描写が入って気がついたけれど、津多子に事情聴取
するのは初めてですね。ずっと話に出てきているから
もう会ったことがあるような気がしていました。

いきなりすいません、貴女のこと人形使いと呼ばないと
いけないんです、と言われ、津多子は体をこわばらせる。

私はここに昏倒されて閉じ込められていたんです。
しかもあの夜8時20分には、田郷さんが施錠したとも
言うじゃないですか、と津多子は反論する。

法水は相手の顔を凝然と見ながら言う。

「中央のオルゴールつきの人形時計を、その童子人形の手が
シャヴィエル上人の遺物筺になっていて、報時の際に鐘を打つ
事も御存知ですよね。あの夜9時にシャヴィエル上人の右手が
振り下ろされると同時にこの鉄扉が、人手もないのに
開かれたのでしたね」


二、光と色と音――それが闇に没し去ったとき

津多子はフラリとよろける。

法水は、あの日にあったことを再現する。
真斎に鍵を借りて、羅針儀式装置を動かして室内に入る。
閉じる時と逆の操作をすれば、開く。という理屈。
その操作を記録したのがオルゴール。
文字盤の周囲の突起に糸を結び、逆の端をオルゴールの
棘のひとつに結ぶ。

検事に外から文字盤を回して施錠させる。
文字盤の回転につれてオルゴールの筒が周り、
みごとに記録された。それがちょうど8時に20秒ほど前。

オルゴールが鳴り出すと文字盤が逆に回り、
塔上の童子人形が右手を振り上げる。
カアンと鐘に撞木が当たると同時に、ドアが開かれた。
(中から開ける分には、文字盤の蓋の鍵は必要ない)

時計室の文字盤および回転鍵というのを、わたしは
なんていうか、銀行の金庫の扉のデカイ丸いやつ
みたいなイメージで捉えていました。素材は鉄。
オルゴールのツメって、鍵盤をはじく ちょっとした
でっぱりですよね。
あれに結んだ糸で、文字盤回せるのか・・・?
たぶん、現代のイメージとは違うんだろうな。
からくり時計のオルゴールはデカくて、
文字盤と鍵は小さいんだ。
まぁ、このトリックは「そういうものだ」と
納得することにしても良いです。

貴女が不可解な防温手段を施されていたのが
怪しかったんですよ。と法水は言う。

津多子は観念し、
薬物室のドアが既に開かれていたこと、
抱水クロラールも、それ以前に手をつけた跡があったこと、
酸化鉛の瓶の中は、2グラムのラジウムだったことと
押鐘博士が持ち帰ったことを供述する。

病院経営を救うための窃盗らしい。そのため、1ヶ月も
前から機会をうかがっていたと。

ラジウムが経営にどう貢献するのか分からない。
高く売れるのかな?? ダイヤモンド的な?
盗まなくても、頼んだらもらえたんじゃないかなぁ。
旗太郎も4人も、ラジウム持っててもしょうがないでしょ。
とにかく、津多子は殺人事件の犯人ではない、と言う。

窃盗を企てていた津多子が、万が一盗難が発覚した際に
自分を容疑者の外へ置き、他の犯人の存在を作るために
行ったことが、津多子失踪&監禁事件の顛末らしい。
それがあいにく、ダンネベルグ夫人殺人事件とかちあって
しまったので、ややこしく見えていたのか。

この計画、杜撰だよなあ。
ラジウムの窃盗が発覚したとして、その正確な犯行日時は
把握できないでしょう。だいぶ後日になって
「そういえば閉じ込められたことあったな」という人物が
それを理由に容疑からはずれることはなさそう。
だって閉じ込められていない時間の方が長いんだから。

真斎が鍵をかけたのも、たまたま彼がちゃんとしていた
からであって、たまたま忘れたり、古賀くんみたいなのが
担当で、いつかけたかよく分かりませんとかなったら、
アリバイが成立するかどうかも怪しい。
しかも、「週1の掃除を前日に行った」というタイミングで
中に閉じこもったら、ヘタしたら6日間、発見されませんよ。
一度「鍵を紛失した」と言われてた時もあったし。
高確率で死にそう。どうするつもりだったの?

……というか、オルゴールのトリックで扉を開けて
中から外へ出られることは分かったけれど、
その必然性が分からないな。
このトリックで施錠はできないですよね。
津多子は「閉じ込められている」という状況が
ほしかったはず。
真斎が施錠した時たぶん中にいたんだけど、その必要は
あったのかな?
時計室に隠れる→施錠される→オルゴールがドアを開ける
→部屋を出てラジウムを盗む→時計室に戻って毛布に
くるまって睡眠薬を飲む
こういう流れだと思うんだけど、これだと部屋の鍵は
開いた状態になっちゃうんだよなぁ。
うーん、私が正しく理解できていないのかなぁ。

法水の話は、聞いてると納得しそうになるんだけど、
よく考えると「ん?」って時あるんだよな。
それが彼のスキルなんだろう。

熊城は不服そうだったが、法水は津多子を返してしまって
鎮子と押鐘博士の身分を洗うよう指示を出す。

そういえば、閉じ込められていたという理由で
除外されていたけど、写真乾板落とした謎の人物は、
やっぱり津多子の可能性ありますね。

そこへ、伸子の部屋から地精の札が発見された報告が来る。

伸子は訊問室へ連れてこられて、油汗だらだらで泣いている。
札のことは知らないらしい。否定する声ももつれる。
あまりにも怪しい態度に熊城もニッコリだが、
法水はハッとして、「いかん。解毒剤をすぐ!」と
伸子を運び出させる。

たぶんピロカルピン中毒だろう、という。
調べてみるとピロカルピンは、緑内障の治療に用いられる
一般的な点眼薬らしい。
僕らが地精のカードを発見したことを知るわけでないので、
自殺ではありえない。嚥まされたんだ。
それも決して殺す積りではなく、あの迷濛状態を僕らに向けて
伸子に三度目の不運をもたらそうとしたに違いない、と言う。

なるほど、目薬では殺害の道具としては弱くないかなと
思ったけれど、そういう意図なら納得です。

捜査状況も筒抜けということで、怖ろしい犯人だな、となる。
でも熊城が、「今日の伸子には感謝してもいいだろう」と言う。
部下が伸子の部屋を探っている間、伸子はクリヴォフの部屋で
お茶を飲んでいた。そこには
旗太郎、レヴェズ、セレナ、頭中包帯のクリヴォフも
寝台に起き上がっていた、と言う。
犯人の範囲が明確に限定されたことになる。

検事が薬物室の調査を提案する。ピロカルピンの入手経路が
重要だと。
津多子なら、押鐘博士を通して手に入れたことも考えられるが、
それ以外なら、まず薬物室以外には考えられない。

薬物室が調べられ、ピロカルピンの薬罎はあるが、
未使用のまま薬品棚の奥に埋もれていた。

法水は少し失望するが、突然叫ぶ。
そうだ、元来あの成分はヤポランジイの葉に含まれている。
温室へ行こう。

温室は、裏庭の菜園の後方にあり、動物小屋と鳥禽舎と
並んでいた。(黒死館、なんでもあるなぁ)

ヤポランジイもあり、茎に6ヶ所ほど、最近葉をもぎ取った
跡が残っていた。
法水の顔に、危惧の色が波打つ。
「いまの伸子の場合には、六枚の葉全部が必要ではなかった。
犯人が未だ握っているはずの五枚――。その残りに、僕は
犯人の戦闘状態を見たような気がするのだよ」
(それはたしかに、正しい指摘だなぁ)

検事が園芸師に、最近出入りした者を訊ねる。
最初しらばっくれようとしたが、法水に「広間にある藤花蘭の
色合わせは、君の芸じゃあるまいね」と謎にほのめかされると
しゃべり出す。
「あの事件当日の午後、旗太郎様が、昨日はセレナ様が、
でもヤポランジイの葉には、気がつきませんでした」

最も嫌疑の薄かった旗太郎とセレナ夫人も容疑者入りとなり、
事件の二日目は奇矯変態の極至とも云うべき謎の続出で、
恐らくその日が事件中紛糾混乱の絶頂と思われた。

その二日後――黒死館で、年一回の公開演奏会が開かれた。

中止にならなかったのビックリです。
2人死んでて、犯人つかまってないのに。
四重奏の第一ヴァイオリンが抜けて、コンサートになるのかなぁ。

法水も黒死館にいるのかと思いきや、検事と熊城と、
地方裁判所で捜査会議を行っていた。時刻は3時過ぎ。

二日にわたって考えた法水は、意欲たっぷりで話し出す。
まず、靴跡について。

2種のうち、巨漢レヴェズの套靴を履いたのが、易介なんだ。
拱廊にあった具足の鞠靴を履いて、その上に套靴を無理やり
嵌め込んだに違いない。

「易介はダンネベルグ事件の共犯者なのか」と熊城が言うと、
冗談じゃない、あのファウスト博士にそんな小悪魔が
必要なもんか、と法水は嗤う。

園芸靴の方は、クリヴォフ夫人の顔が浮かんでくる。
クリヴォフ夫人のような初期の脊髄癆患者には、ババンスキイ
痛点という後踵部の痛点が現れる。

検事が「園芸靴の跡には、重点が後踵部にあった筈だ」と言う。

逆さに履いたのだ。
爪先を踵に入れることでクリヴォフ夫人は、偽装足跡を残す
だけでなく、最も弱点である踵を保護して、自分の顔を
足跡から消したのだ。そしてその行動の理由は、あの
乾板の破片にあった――と僕は結論したいのだ。

えっと、乾板を落としたのはクリヴォフ夫人ではないはず
ですよね。神意審問会に出ていたので。
室内にいて、誰かが外で何かを落としたのに気づけたのかな?
それを後から拾いにいく時に、自分だとバレないように
細工をしたということ? そこまでして拾いにいくものだと
どうして判断したんだろう。
破片が翌日にも残っていたのは、深夜の暗闇で
すべてを拾いきれなかったということかな。

法水は押収品の火術弩を、机にたたきつける。
すると弦から白い粉が落ちる。燃えたラミイの粉末だ。

ラミイって麻のことかな? 昔「ラミー100」っていう
ジュート糸編んだことがあるけど、そうでなかったら
ラミイが何かピンとこなかった気がする。

トリウムとセリウムの溶液に浸したラミイは、ささいな熱で
変質しやすくなる。繊維を撚って干瓢型(?)にしたものを
犯人は弦の中に入れて、弦を縮めておいた。
あの上下窓のガラスには焼泡がある。太陽の光線が
繊維のそばで焦点を作ると熱が起き、ラミイの繊維が破壊され、
箭が発射される。
恐らく背中椅子に当てるつもりだったのだろう。ところが
結果偶然にもあの空中サーカスを生んでしまったのだ。

この計画が本当なら、怖ろしすぎる。
少しでもずれたら、頸や頭に当たりますよね。
というか実際、少しより もう少しずれたから、髪だけ貫いて
命拾いしたわけですが。これはさすがにリスクが高すぎる。
室内に誰か他の人がいたわけではないし、
私なら椅子には座らないな。
箭が発射された後で、座っていたことにすればいいんだから。

検事はおおむね納得しつつも、窓の調節をした伸子と
クリヴォフのどちらに意図があったか定かではない、と指摘する。
法水は答える気がないのか、じゃ、倍音の件だけど――と
そっちの説明に移る。

伸子の演奏中、鐘楼から尖塔へ行く鉄梯子を上り、十二宮の
円華窓のひびを塞いだものがいるんだ。
両端の開いている管の一端が閉じられると、そこに1オクターブ
上の音が発せられるんだ。
犯人はそれ以前に、鐘楼の回廊にも現れ、風精の紙を貼りつけた。
中央の扉をこっそりと閉めたのだ。鐘鳴器独特の唸りの世界だ。
扉を閉めたのは、鍵盤の前にいる伸子の耳を焦点にするためだ。

気柱の共鳴やうなりは、高校物理の「波動」で学びますね。
開管を閉管にすると振動がどうなるか……みたいなことも
学びます。まさかその知識が求められるとは。
昭和の初めには、常識レベルの範囲の教養だったの??

これが判ったところで犯人が明らかになるものではなく、
伸子の無辜を明かにしたに過ぎない。しかし、伸子が犯人で
ないとすると、武具庫の凡ゆる状況が、クリヴォフに
傾注されていく――それもけだしやむを得んだろうね。

あ、一応、さっきの検事の疑問の答えになっていたのか。

熊城が、でもどの場面でもクリヴォフのアリバイは
到底打ち壊しがたいものだ、と言う。(たしかに)

では、と法水は満足そうにディグズビイの奇文を記した
紙片を取り出す。
故意に文法を無視したり冠詞がないのは、これが暗号に
なっているからだ、と言う。

ここからの暗号解読パートは難しすぎて理解しきれない。
小栗虫太郎自身すら
(作者より――暗号の説明が、幾分煩瑣に過ぎるかと
思われますので・・・)
と書いているくらいなので、分からなくても仕方ないかも。

とにかく解読すると、crestless stone(紋章のない石)
というひとつの言葉が出てくる。らしい。

「ダンネベルグ夫人が殺された室を見て、そこの壁爐が、
紋章を刻み込んだ石で築かれていたのに
気がつかなかったかね」

法水が言った瞬間、あらゆるものが静止したように思われた。
時刻は6時。煙のような雨が降りはじめている。

黒死館の演奏会は、いつもの礼拝堂で行われている。
楽人は皆かつらをつけ、目がさめるような朱色の衣装を
着ている。法水一行が着いた時には、二曲目が始まっていた。
伸子の弾く竪琴と、クリヴォフ、セレナ、旗太郎の
弦楽三重奏の第二楽章の最初だった。

法水一行は最後の列に腰を下ろし、演奏会の終了を待つ。
臨時の大シャンデリアが天井でこうこうと照らしているので、
万が一にも何も起こらないだろうと思われたが・・・
不意にシャンデリアの灯が消えて、暗黒になった。
演奏台の上で何者かのうめき声が起こる。
ドカっと床に倒れるような音がして、弦楽器がけたたましく
階段を転げ落ちていく。
その音が途絶えると、堂内は静まりかえる。

どこか近くから、せせらぎのような微かな音が聞こえてくる。
壇上の一角に一本のマッチの火が現れ、階段を客席の方へ
降りてくる。
尽きた炎が落ちると、キアッという悲鳴が闇をつんざく。
伸子の声だと意識する余裕もなく、床には硫黄のように
うっすら一幅の帯が輝きだしている。
いくつもの火の玉がチリチリと現れては消え、
消えゆく瞬間の光が、斜めに傾いでかつらの隙から現れた
白い布の上に落ちた。
それはまぎれもなく、額の包帯ではないか。

斃されたのは誰あろう、法水の推定犯人、
クリヴォフ夫人だったのだ。

(進捗・391/469ページ)

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黒死館殺人事件(10)
2024年01月12日 (金) | 編集 |
第六篇 算哲埋葬の夜

○一、あの渡り鳥……二つに割れた虹

「紙谷伸子の登場――それが、この事件の超頂点(ウルトラ
クライマックス)だった」という一文で始まります。

算哲の秘書・紙谷伸子とは、初日に現場へ入った時に
一瞬すれ違っています。でもそれ以降は、伸子が鐘鳴器で
気絶しているところを見ただけで、話す機会はありませんでした。
どんな人でどんな話が聞けるのか、興味あります。

年齢23、4の伸子はぽっちゃりしていて、目がくりくりしている。
黒死館の人々のような妙な暗さはないが、さすがにこの3日間の
できごとで、憔悴している様子。

こちらが何か言う前に伸子が口を開く。
「私、告白致しますわ」
いかにも、鐘鳴器室で気絶した際には鎧通しを握っておりました。
易介さんが殺された前後にも、今日のクリヴォフ様の出来事当時
にも、私だけにはアリバイが恵まれて居りません。
私には固有の精神障害があって、時折ヒステリーの発作が起ります。
凡てが揃いも揃って、明瞭すぎるくらいに明瞭なんですわ。
「もう私には、自分が犯人でないと主張するのが厭になりました」

伸子は自分が疑われていること、かなり立場が悪いことを
自覚しているらしい。

法水は「いや、そう云う喪服なら、屹度すぐに必要なくなりますよ」
と、一瞬フォローしたかと思いきや、
「もし貴女が、鐘鳴器室で見た人物の名が云えるのでしたら」
とバッサリやる。

気が短い熊城は、朦朧状態の時に書かせた自署のくだりを問い詰める。
「貴女にとれば一生浮沈の瀬戸際でしょう。重大な警告と云う
意味を忘れんように……」
と半ば恫喝のように厳しく迫る。

検事も、声は諭すような調子だが
「さあ、そのXの実数を云ってください。降矢木旗太郎……?
誰の事なんです?」

伸子は真っ青になり逡巡したが、
「鍵盤のある刳り込みの天井には、冬眠している蝙蝠が
ぶら下がって居りました。蛾も1、2匹生き残っていました。
あの動物たちに聞けば、教えてくれるでしょうね。
それとも、それが算哲様だった――とでも申し上げましょうか」
きっぱりと回答を拒否した。熊城がすごい顔になる。

法水は組んだ手をズシンと卓上に置く。
「算哲……。あの凶兆の鋤――スペードのキングをですか」
「いえ、算哲様なら、ハートのキングでございますわ」
伸子は反射的に答えてため息をつく。

「あの難行をお命じになったのは、クリヴォフ様なんでございます。
何時もならレヴェズ様がお弾きになるあの思い鐘鳴器を、女の私に
しかも三回繰り返せよと仰有ったのです。
最初弾いた経文歌の中頃になると、朦朧としてきました。
何を弾いているのか無我夢中の癖に、寒風が顔を斑に吹き過ぎて
行く事だけは妙にはっきりと知る事が出来ました。
漸く三回目を終え、階下の礼拝堂から湧き起こってくる
鎮魂歌を聴いていた時、突然私の顔の右側に、打ち衝って来た
ものがありました。その部分に焮衝が起こり、熱っぽく感じました。
その刹那、身体が右の方へ捩れていって、それなり、何も
判らなくなってしまったのです」

伸子の陳述は三人を困惑させる。

右側から襲ったものがあるとすると、そこにはちょうど
階段を上がって突き当たりのドアがある。

鎧通しを握っていたことから、伸子は自分自身でさえ、
自分が犯人だと思わざるをえない、それに今日の事件だって
「あの赤毛の猿猴公(えてこう)が射られた狩猟風景にだっても、
私にはアリバイと云うものがございませんものね」
と自棄になっているのか、過激なことを言う。
(検事が「今、エテ公って言いました?」って聞き返していて
おもしろい)

「大体クリヴォフ様が殺されようたっても、悲しむような
人間は一人もいないでしょうからね。ほんとうに、生きて
いられるよりも殺されてくれた方が……」とまで言う。
クリヴォフ夫人そんなに嫌われてたのか。こんな少人数の世界で。

特にクリヴォフ夫人の死を願っているような人物がいるなら
教えてくれ、と言われ、「私がそうですわ」と答える。

以前内輪に算哲の遺稿を秘書である自分の手から発表した時、
その中に、クミエルニツキー大迫害に関する記録があった。
内容は申し上げられないが……どんなに惨めになったことか。
無論その記録は、その場でクリヴォフ夫人が破り捨てた。
それ以来敵視を受けるようになって、今日だって、
たかが窓を開けるだけに呼びつけて、あの位置にするまでに、
何度上げ下げした事か。

(クミエルニツキー大迫害とは、17世紀のコーカサスユダヤ人の
迫害の最も大きなものらしい。法水だけ知っていた)

今日のアリバイがなぜなかったのかを訊ねると、
「あの当時 "樹皮亭"(本館の左端近く)の中にいたんです。
あそこは美男桂の袖垣に囲まれていて、何処からも見えません。
逆に武具庫の窓も見えないので、ああ言う動物曲芸のあった
事さえ、てんで知らなかったのです。
悲鳴はもちろん聴きましたとも。
ですけど、どうしても私は、あの樹皮亭から離れる事が
出来なかったのです」

その理由を熊城が聞いても、答えない。

悲鳴の一瞬前、窓の傍らに不思議なものを見ました。
形のはっきりしないすきとおったものが、窓の上方の外気の
中から現れて、斜めに窓の中へ入り込んで行くのでした。

熊城は、唯ならぬ決意を泛べて言い渡す。
「この数日間の不眠苦悩はお察ししますが、然し今夜からは
十分寝られるように計らいましょう。捕縄で貴女の手首を
強く絞めるんです。そうすると全身に貧血が起こって、
次第にうとうととなって行くそうですから」
ひどい。

伸子は両手で顔を覆って、卓上につっぷしてしまう。
そりゃそうだよなぁ。
隠し事してるという怪しい点はあれども、これだけの嫌疑で
犯人として捕縛することが法的に可能なんだろうか?

警察自動車を呼ぼうと熊城が受話器を取り上げた時、
法水がコードの先のプラグを壁からポンと引き抜いて、
伸子の掌の上に置いた。(ここちょっとカッコいい)
熊城も伸子も唖然とする。
「貴女もクリヴォフ夫人も、あの渡り鳥……虹に依って
救われたのですよ」

法水は何かを理解したようで、
「僕は心から苦難を極めていた貴女の立場に御同情しますよ」
とまで言う。
伸子は、理解されたのがめちゃくちゃ嬉しかったようで、
「ああ眩しいこと……。私、この光りが、何時かは必ず
来ずにはいないと……それだけは固く信じてはいました」
と言いながら立ち上がって、耳に拳を当ててくるくる回る。
急にすごい元気になってる。
「鐘鳴器室の真相と、樹皮亭から出られなかった事だけは
云えませんけど、サア、次の訊問を始めて頂戴」
バン、とテーブルに手をついて、髪をバサっと跳ね上げて
言います。が、

「いや、もうお引き取りになっても」
と、法水は伸子を追い出しちゃいます。
この人ほんと、自分のしたいことしかしませんね。

容疑者対象がいなくなってしまった熊城は、法水が抜いたプラグを
床へバーン!したりしてイライラする。
法水は平然と「ねえ熊城君。これで愈々、第二幕が終わったのだよ。
多分次の幕の冒頭にはレヴェズが登場して、それから、この事件は
急降的に破局(キャタストロフ)へ急ぐ事だろうよ」
法水の中ではかんぜんに、次の犠牲者が決まっているらしい。

伸子とのやりとりで2点、気になったことがありました。

寒風が顔を吹き過ぎた……ということは、その時ドアか窓が
開いたということでしょうか。(犯人が入ってきた?)

クリヴォフ夫人が窓の開き具合を細かく調整した……という
ことに、何か理由があるのでしょうか。

さきほど、押鐘博士が来邸した旨 報告があったので、この後は
博士と面会するのかなと思ったら、急に部屋に鎮子が現れます。

「法水さん、私、真逆とは思いますわ。ですけど、貴方は
あの渡り鳥の云う事を、無論そのままお信じになっているのじゃ
ございますまいね」

自分が使った「渡り鳥」という言葉を鎮子も使ったので、
法水は驚く。伸子のことかな?と思ったけれど違って、
「左様、生き残った三人の渡り鳥の事ですわ」
外国人の方のことでした。
「ああ云う連中がどう云う防衛的な策動に出ようと、
津多子様は絶対に犯人ではございません」
鎮子の家族に対する感情が少し覗けます。

押鐘博士は、自身が経営する慈善病院に私財を蕩尽してしまい、
その維持のため、隻眼を押してまで津多子は再び
脚光を浴びなければならなくなった。

「されど門に立てる者は人を妨ぐ――ですわ。法水さん、
貴方はこのソロモンの意味がお判りになりまして。
あの門――つまりこの事件に凄惨な光を注ぎ入れている、
あの鍵孔のある門の事ですわ。其処に、黒死館永生の秘鑰
があるのです」
と言った鎮子に法水は、
「それを、もう少し具体的に仰有って頂けませんか」
と言います。

おまいう・・・

ちなみに「秘鑰」はひやくと読み、秘密のかぎ。また、
秘密などをときあかす手段。とのこと。
そんなものがあるなら、ぜひ具体的に早く教えて欲しい。

これに対する鎮子の返答は
「それでは、シュルツの精神萌芽説(プシアーデ)を
御存知でいらっしゃいますでしょうか」
でした。
"具体的"って、そういうことじゃないのよ・・・

「黒死館殺人事件」は、検索するとサジェストに
「黒死館殺人事件 読みにくい」って出てきます。
衒学趣味(ペダントリー)に埋め尽くされていることが
その所以だと思います。
私もそれに翻弄されて、ここまでおろおろとやってきた
わけですが、そろそろ分かってきたことがあります。

「筆者」はまともなんですよ。

地の文は、別に衒学的ではないんです。普通に読めます。
とにかく登場人物の発言が、衒学的。
そしてたとえば何かを人に訊ねたとき、ある程度返答は
「それは○○です」とか「それは○○だからです」とか
であるべきです。それでこそ、会話が成り立つんです。

でもこの館の人たちは、それをまともに答えない。
訊かれたことに答えず(答えているつもりなのかも
しれないけれど)何かの作品のセリフを口ずさんで、
それで話が進んでいく。

一般的に、人は相手に合わせて、分かるように話をしますよね。
専門家は素人に何かを教える時、易しくかみ砕いて説明します。
アニメに詳しくない人に、急に、昨日見た○話のここが
どうで……みたいな話を始めたりしません。
黒死館の人たちは、そういう気遣いが全くない。
だからこっちは何にも分からない。
問題は、彼らのコミュニケーション能力なのではないかと
思い始めてきました。

でも考えてみたら家族は生まれてから40年ないし17年、
この館に閉じ込められているわけですよね。
使用人も、嫌なら辞めればいいわけで、こんな館で
わざわざ働いているのはどこか変わってるからなのかも。
そう考えると、変人ぞろいなのは説明がつく気がします。
まともなコミュニケーション能力が育つ環境では
ないですよね。

そしてそこへ、彼らを凌駕するほど振り切った探偵が
やってきてしまったので、ここまでわけがわからない状況に
なっているのかもしれません。

とにかく、精神萌芽説というのは不死説みたいなものらしく、
算哲かディグスビイがまだ生きているというのか? と
法水は訊ねる。
すると鎮子は「ディグスビイ」の名が出たのは意外だったのか、
はめていた指輪をくるくるしたり抜き差ししたり、
落ち着きを失う。法水はそのタイミングを逃さず、
「ハハハ、莫迦らしいにも程がある、あのスペードのキングが
まだ生きているなんて」と笑ってみせると、
「いいえ、算哲様なら、ハートのキングなので御座います」
と反射的に答えた鎮子はハッとする。
いろいろごちゃごちゃ言い訳するが、
「ねえ久我さん、どうして、迫害の最も激しいコーカサスで、
半村区以上の土地領有が許されていたのでしょう。
しかしその区画主の娘であると云う此の事件の猶太人は、
遂に犯人ではありませんでした」
と言われると、全身がおののきだす。

「貴女は、算哲博士の事をハートのキングと云われましたね。
それと寸分違わぬ言葉を、僕は伸子さんの口からも聴いたのです」

骨牌(カルタ)札の人物像はどれも、上下の胴体が左削ぎの
斜めに合わされていて、心臓の部分が相手の外套に隠れている。
その失われた心臓が、右側の上端に、印となって置かれている。
ハートのキングという一言は、算哲博士が右側に心臓を持った
特異体質者ということだ。

トンデモ理論で、検事も熊城も声が出ない。

算哲博士は左胸を刺していたが、あまりに自殺の状況が
顕著だったために、剖検が要求されなかった。(マジか)
そうなると、それは即死に値したのでしょうか。

「ああ、何もかも申し上げましょう」
ついに鎮子が言う。
「如何にも算哲様は、右に心臓を持った特異体質者で
御座いました」

でも鎮子は算哲が自殺したというのが信じられず、
皮下にアムモニア注射をしたらしい。(いいの??)
するとはっきりと、生体特有の赤色が浮かんできた。
怖ろしいことに、あの糸が、埋葬した翌朝には切れていた。

「その糸と云うのは」
と検事が、鋭く聞いてくれます。
肝心なところなのに、この返答がまたしても分かりづらい。

算哲様は早期の埋葬をひどく怖れていたので、
大規模なクリプト(たぶん地下礼拝堂)を作り、
密かに早期埋葬防止装置を設けておいた。
埋葬式の夜、私はまんじりともせず電鈴の鳴るのを待ったが
何事もなく、翌朝、大雨の夜明けを待って裏庭の墓を見に行った。
七葉樹(とち)の茂みの中に、電鈴を鳴らすスイッチが
隠されているからだ。
するとそのスイッチの間には、ヤマガラの雛が挟まれていて、
取っ手を引く糸が切れていた。
ああ、あの糸はたしか、地下の棺中から引かれたに相違ない。
棺のも、地上のカタファルコの蓋も、なかから容易に
開くことができるのだから。
(でも勇気がなくて、墓穴は見に行かなかった)

棺の中で息を吹き返した場合に、それを地上に伝える手段
ということですよね。
その日かそれ以前かは分からないけれど、山鳥がひっかかって
装置は故障していた。と。
いや、なんで見に行かないの?? 見に行けばいいじゃんね。
糸が引かれて切れたなら、博士は生きているわけで、
死体は転がってないんだから、怖くないのに。

その事実(心臓の位置と、早期埋葬防止装置のこと)を
知っているのは誰か、と法水が訊ねる。
自分と押鐘博士だけだ、と鎮子は答える。
だから伸子がハートのキングと言ったのは偶然だ、と。

鎮子は怖くなったのか、熊城に警護を頼んで出て行く。
熊城は、「やれることは全部やろう、令状があろうと
なかろうと、算哲の墓を発掘するんだ!」と叫ぶ。

法水はうなずかない。
「いま鎮子は、それを知っているのが、自分と押鐘博士
だけだと云った。そうすると、知らないはずのレヴェズが
どうして算哲以外の人物に虹を向けて、あんな素晴らしい
効果を挙げたのだろう」

虹!? と検事が叫ぶ。
そういえばさっきも虹がどうとか言ってたな。

噴水を4回踏み、最初のところへ戻ってもう一度踏むことで
対流が起き、虹が発生する。
火術弩が落ちていた場所では、虹の赤色がクリヴォフ夫人の
赤毛に対称し、ねらいを狂わせるような強烈なハレーションが
起こる。特に隻眼ならなおさら。
あの渡り鳥――それはまずレヴェズの恋文となって、
窓から飛び込んできた。それが偶然クリヴォフ夫人の
赤毛の頸を包んで、それに依って射損ずるような欠陥の
あるものと言えば、津多子をさておいて、他にはないのだよ。

恋文? と検事が聞きとがめる。

そういえば確かに、クリヴォフ夫人に命じられて、
伸子が窓の開閉を調節していた……!
これが本当なら、クリヴォフ夫人は伸子にした意地悪?の
おかげで、命拾いしたことになるのか。

レヴェズはそれを見て伸子が武具室にいると思い、
噴泉の側らで、あの男の理想の薔薇を詠ったのだよ。

検事と熊城は、証拠がないだけに半信半疑というか、
なぜ虹なんかにこだわって、肝心の算哲の墓の発掘を
行わないのだろう――ともどかしく思った。(同感……)

斯うして、一旦絶望視された事件は、短時間の訊問中に
再び新たな起伏を繰り返して行ったが、続いて、
現象的に希望の全部が掛けられている、大階段の裏――
を調査することになった――それが五時三十分。

この終わり方カッコいい。
でも気になる。押鐘博士が待たされっぱなしなことが。


○二、大階段の裏に……

大階段の裏には、テレーズ人形の部屋と、その隣の
小部屋の2つがある。まず小部屋へ入る。ここは
鍵がかかっていなく、窓もなくて真っ暗。

ドスドス歩いて回る熊城の後ろで、検事が鈴の音を
耳にして(テレーズ人形の足音……!?)とゾッとする。

熊城は隣の部屋へ駆け込もうとするが、法水が爆笑する。
「憶い出し給え、古代時計室にあった人形時計の扉に、
一体何と云う細刻が記されていたか」

フィリップ2世から梯状琴(クラヴィ・チェンバロ)を
拝領した、と書いてありました。
それがこの壁の中にあり、テレーズ人形や熊城が歩く際の
振動でふるえて鳴ったのだろう、と法水は言います。
あの情報、こんなところに効いてくるのか。

壁には隠し扉などはなかったので、一部を手斧で破壊した。
無数の弦が鳴り響くような音がする。
隣の部屋の壁との間にやはり空洞があった。
中にはチェンバロ以外には隠し扉も秘密階段も揚蓋もない。
埃まみれになった熊城が、ただ1冊の本を持って出てきた。

この作品、みなさんもお気づきだと思うけれど
挿図が豊富なんですよね。現場の状況とか、十二宮図とかまで。
でも、「黒死館間取り図」はないんですよ。
このおかげで、部屋の位置なんか一生懸命描写しているし、
それでも限界があるから、あんまりよく分からなくて、
館の図面があればもっとしっかり把握できて
良いのになと思っていました。

でも、きっと隠し部屋があるんだろうな、って思ってたんです。
図面載せちゃうと、不自然なところが出ちゃうから
載せられないんだろうな、って。
小栗虫太郎自身は、見取り図を描いてたんじゃないかな。
そういう作業好きそうな気がする。

前の部屋へ戻ってその本を開く。
ホルバインの「死の舞踏」の初版らしい。
これは実在の画家の実在の木版画集。
"死の舞踏"というモチーフは、戦争やペストの流行を背景に
さまざまなジャンルで取り上げられたもので、中でも
ハンス・ホルバインの木版画集は、大ベストセラーだったとのこと。

余白にディグスビイの自筆で書き込みがある。

Quean locked in Kains. Jew yawning in knot.
Knell karagoz! Jainists underlie below Inferno.

――尻軽娘はカインの輩の中に鎖じ込められ、猶太人は難問の
中にて嘲ざ笑う。凶鐘にて人形を喚び覚ませ、ジャイナ宗徒
どもは地獄の底に横たわらん(たぶん筆者の意訳)

さらに、創世記をだいぶ失礼にイジった文章も続いている。

 kokusikan17.jpg

尻軽娘というのはテレーズのことだろう。
猶太人は自分(ディグスビイ)のこと。
算哲博士との三角関係や、ディグスビイの呪詛が感じられる。
法水は文中の文法の幼稚なミスや冠詞がないことを指摘するが、
後の文章との関連などは分からず仕舞い。

広間へ行って、押鐘博士に遺言状の開封を依頼することにする。
広間に押鐘博士は、旗太郎といっしょにいた。

押鐘博士は50代で、包容力を感じる男性。顔立ちは整っている。
博士は妻を救ってくれたことを法水に感謝し、
「一体、犯人は誰ですかな。家内は、誰も見なかったと云ってます」

法水はいつものように、
「全く神秘的な事件です。ですから、指紋が取れようが
糸が切れていようが、到底駄目なのです。要するに、あの底深い
大観を闡明せずには事件の解決が不可能なのですよ。つまり、
臨検家が幻想家となる時期にですな」
と、彼らしく答える。
「いや、儂はそういう哲学問答は不得手でしてな」と博士は
目をしばたく。よかった、この人はこっち側の人ですね。

押鐘博士は遺言状の開封には反対のようす。
でも法水が算哲博士埋葬の夜に切れた糸のことを話すと、
みるみる青ざめていく。
旗太郎はきょとんとして、「糸って、弩の絃のことを
お話しかと思いましたよ」と言っている。

「僕は、白紙だと信じているのです。詳細に云いますと、
白紙に変えられたのだ――と」法水が云うと、
驚いた博士は気色ばむ。そして当時の状況を教えてくれる。

昨年3月12日。
今日偶然思い立った、と呼びつけられ、書斎で遺言書を
作成するのを見守る。書簡紙2枚に認め終わると、金粉をまいて
廻転封輪で捺した。(シーリングワックスだろうか?)
2葉を金庫に納め、当夜は部屋の内外に張番を立て、
翌日発表を行うことになった。
だが翌朝、ずらりと並べた家族の前で、博士はその中の1葉を
破ってしまった。焼いて灰をこなごなにして窓からまいた。
そして残った1葉を厳封して、金庫の中に納め、死後1年目に
開くよう申し渡した。
だからあの金庫は、未だ開く時期が到来していないのです。

押鐘博士はしばらく考えていたが、法水に詰められて
遺言書を開くことに賛成してくれる。二人で取ってきて、
衆人環視の中で開封する。内容は次のとおり。

一、遺産は、旗太郎並びにグレーテ・ダンネベルグ以下の
四人に対し、均等に配分するものとす。

二、尚、館の地域以外への外出・恋愛・結婚、並びに、
この一書の内容を口外したるものは、直ちにその権利を
剥奪さるるものとす。但し、その失いたる部分は、それを
按分に分割して、他に均霑されるものなり。

旗太郎は、幾分がっかりすれどもホッとしたように、
「これですよ法水さん、やっとこれで、僕は自由になれました」
と嬉しそうにする。
黙っておくのがしんどかったんだろう。

勝った立場のはずの博士は妙におどおどした様子で、
「これでやっと儂の責任が終わりましたよ。然し、蓋を
明けても明けなくても、結論は既に明白です。要するに問題は
均分率の増加にあるのですからな」

法水たちは広間を出て、階上を通りすがりに伸子の部屋へ入る。
伸子に、神意審問会の直前にダンネベルグ夫人とした口論の
ことを訊ねる。

私も、夫人がなぜ怒ったのか不思議なのです、と
伸子は状況を説明してくれる。
晩食後1時間頃、図書館に戻す本を書棚から取りだそうとして
よろめいて、本をそばの乾隆硝子の大花瓶に当てて倒して
しまった。
ひどい物音はしたけれど、お叱りを受けるほどのことはない
――はずなのに、夫人がすぐに来て。

乾隆(けんりゅう)ガラスはソーダガラスのこと。
一般的な素材で、クリスタルガラスに比べると硬くて丈夫。
だから、倒れただけで割れなかったのではないだろうか。
割れたという描写もないし、書棚があるような部屋には
絨毯が敷いてありそうだし。
倒れただけなら、たしかに怒るほどのことではないよな。

ダンネベルグ夫人は尼僧のような性格なのに、
あの時は偏見と狂乱の怪物でしかなかった。
私のことを、馬黒屋の娘……賤民と。竜見川学園の保母、
それから寄生木とまで罵られた。
私だって、御用のない此の館にいつまでも御厄介になって
居ります事が、どんなに心苦しいことか。

この後の問答の時系列がちょっとよく分からない。

法水が「夫人がこのドアを開いた際を見ましたか」と聞く。
その時はあいにく部屋を空けていた。
バトラーの部屋へ花瓶の後始末を頼みに云っていたので。
戻ってきたら、夫人が寝室の中にいた。
たぶん私を探しに、寝室へ入ったのだと思う。
見ていたらそばの椅子を引き寄せて、帷幕の間へ座った。

そもそも花瓶があった部屋がどこなのかがイマイチ
分からないんだけど、どこかで怒られた後、
伸子の自室まで追いかけてきたということなのだろうか。

法水は、「この事件の動機が遺産にあるにせよ、身辺に
充分御注意なさった方がいいですよ。家族の人達とは
あまり繁々と接近なさらないように――」と意味ありげに
忠告して部屋を出る。

そのドアの右手3尺ほどのところに木目のささくれが出ていて、
黒ずんだ衣服の繊維がひっかかっていた。
ダンネベルグ夫人の着衣の右肩に、1ヶ所鉤裂きがあったが、
これはまた難しい問題だ。ふつうに想像される姿勢で入った
なら、そのささくれに右肩を触れる道理がないからだ。

法水は暗い廊下を一人で歩いていき、窓をあけて
外へ大きく呼吸を吐いた。
しばらくその場を離れず耳を凝らしていると、10数分経って、
何処からかコトリコトリと歩む跫音が聞こえてきた。
それが離れていくと、再び伸子の部屋へ入った。

2、3分で出てくると、今度はその背面のレヴェズの部屋の
前に立った。法水がドアのノブを引いた時、
異様な情熱がこもった視線で、まるで野獣のように、
荒々しい吐息を吐いてレヴェズが迫ってきた。

   *

急展開!



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黒死館殺人事件(9)
2024年01月10日 (水) | 編集 |
第五篇 第三の惨劇

○一、犯人の名は、リュツェルン役の戦歿者中に

ページをめくったら、タイトルで誰か死ぬことが確定していて
ちょっと笑ってしまいました。

前章で犯人からの挑戦状のようなものがつきつけられた
わけで、特に熊城は屈辱を感じます。
残りの4人の家族は、ちゃんと警察によって
がっちり警備されているらしい。
その中に犯人がいた場合、同時にそれは、監視にもなるん
だからね! と気を取り直した熊城は笑う。

検事が、人間の力では止められないのかも、まだ知られて
いない人物が、黒死館のどこかに潜んでいるのかも、と言う。
熊城は「君は、ディグスビイが蘭貢で死んだのではないと
云うのか」と目を見張ります。

蘭貢(ラングーン)は、ミャンマーがビルマだったころの
首都の名前。(現ヤンゴン)
ディグスビイは外国で亡くなっているみたいですね。

法水は、今度の火神(サラマンダー)だけ、男性化が
行われていないことを指摘する。
4つの精霊が関係している五芒星呪文についてこれまでの
事件と合わせて法水は語るが、全く分からない。
昨日まる一日調べた成果を語るのだが、まるで講演のようで
「背中に陽をうけている二人の間には、ぽかぽかした
雲のような眠気が流れ始めた」とのどかなことが書いてある。
私も寝ようかな。

でも法水が言った「ああ、何という気味悪い一致だろうか。
被害者の名も、犯人の名も、あの龍騎兵王を斃した
リュツェルン役の戦歿者中に現れているのだがね」
という言葉に二人は混乱させられる。

「リュツェルン役」というのは章タイトルにもあって、
わたしは「やく」って読んでいました。歌劇とかの話題が
出てたりもしたので。
でもここでは「えき」ですね。文永の役・弘安の役の役。

グスタフ・アドルフというスウェーデン王の最後の戦いが
リュッツェンの戦いと言うらしく、これのことみたい。

この発言の真意が解説されていくのですが、
「ところで僕は、この事件を猶太的犯罪だと断定するが、
どうだ!」と法水はテーブルをガンと叩いて言うんです。

猶太はユダヤのことです。
なんかえげつない人種差別始まりそうで怖いです。
私ユダヤ人の方に、尊敬する人何人もいるのに……。

検事が書いた疑問一覧表が、もう一度詳しく述べられる。
これはまとまっていて分かりやすい。
見出しだけ挙げるとこんな感じ。

一、四人の異国楽人に就いて
二、黒死館既往の三事件
三、算哲と黒死館の建設技師クロード・ディグスビイとの関係
四、算哲とウイチグス呪法
五、事件発生前の雰囲気
六、神意審問会の前後
七、ダンネベルグ事件
八、黙示図の考察
九、ファウストの五芒星呪文
十、川名部易介事件
十一、押鐘津多子が古代時計室に幽閉されていた事
十二、当夜零時半クリヴォフ夫人の室に闖入したと云われる人物は?
十三、動機に関する考察

第二篇で検事が書いた時と若干違うんだけど、
あらためて加筆修正したのかな?
ほぼ把握できている内容だったけれど、一点、
「易介が神意審問会の最中目撃した人影と云うのは、
絶対に津多子ではない。何故なら当夜8時20分に、
真斎が施錠したから」というのは、
改めて考えるとなるほどと思いました。
津多子が館に残ってたなら、津多子かも?とか
ちょっと思ってたんですよね。

法水はまず(七)の屍光と創紋について答える。
「猶太人犯罪の解剖的証拠論(ゴルトフェルト著)」という
実在するかどうか分からない本を挙げ、ユダヤ人には
「死体の周囲に蝋燭を立てて照明すると、犯罪が永久
発覚しないと云う迷信がある」と言う。
あまりにも弱い論拠で、検事は鼻で笑う。

法水はひるまず伸子の失神に関してもユダヤ特有の風習なら
起こすことができる現象だ、と言う。
2例ほどエピソードを挙げたうえで、伸子が鐘鳴器で経文歌を
なぜ3回繰り返し弾いたのだろうか、と言う。
非常に体力のいる鐘鳴器の演奏で、朦朧状態となったのだ。
(つまり伸子に経文歌を繰り返させた人物が犯人となる)

 kokusikan12.jpg

「猫の前肢」という、ユダヤ人犯罪者特有の結び方がある。
下方の紐をひっぱると、結び目が次第に下がっていく。
犯人はあらかじめ、鐘を打つ打棒とつないだ紐に、
鎧通しの束(つか)を結びつけておいた。演奏が進行するにつれ
結び目は下がり、伸子が朦朧状態となった頃、彼女の眼前を
刃がきらめきながら下降していった。
明滅する光で垂直に瞼を撫で下ろされ、瞼が閉じると同時に
蝋質撓拗性のように体の力が喪われて倒れた。
(その拍子に鎧通しは結び目から落ちた。なぜ伸子がそれを
握ったのか、あとあの倍音がなぜ起こったのかは分からない)

「では率直に黒死館の化け物を指摘してもらおう」と熊城は言う。
「君が言う猶太人と云うのは、一体誰なんだね?」

ほんとそれですよ。
法水の推理の根拠は、ほとんどこじつけレベルだと
思うんだよな。鐘鳴器室で紐は見つかったんですかね?
そんなところに結ばれてる紐があったら、捜査員が
何かしら報告してくると思うんですけど。

対する返答がこれ。
「それが、軽騎兵ニコラス・ブラーエなんだ」
こいつ・・・

ニコラス・ブラーエという名はこれまでの蘊蓄にも
出てきていません。
グスタフ・アドルフ(さっき話に出たスウェーデン王)は
リュツェルンの役で勝利したが、戦後の陣中で
オッチリーユが糸を引いた一軽騎兵に狙撃された、
という記述があります。
この暗殺者のことみたい。

「ブラーエの勇猛果敢な戦績を見てくれ」と法水は、
「グスタフ・アドルフ」という多分伝記を見せる。
リュツェルン役の終わりの方のページにこうある。

「――ブラーエはオーへム大佐に従いて、戦闘最も激烈
なりし四地点を巡察の途中、彼の慄悍(ひょうかん:強くて
荒々しいこと)なる狙撃の的となりし者を指摘す。曰く、
ベルトルト・ヴァルスタイン伯、フルダ公バッヘンハイム、
デイトリヒシュタイン公ダンネベルグ、
アマルティ公セレナ、フライベルヒ法官レヴェズ――」

熊城も検事も息をのむ。
「なぜリュツェルン役をプロットにして、黒死館の
虐殺史が起こらねばならなかったのだ……。それに、
杞憂にすぎないかもしれないが、僕はここに名を載せられて
いない旗太郎とクリヴォフのどちらかに、犯人のサインが
あるのではないかと思うのだよ」かすれた声で検事が言う。

「軽騎兵ブラーエは、プロック生まれの波蘭猶太人(たぶん
ポーランド系ユダヤ人)だと暴いている。そしてその本名が、
ルリエ・クロフマク・クリヴォフなんだ!」

本名って何?
いち騎兵が、なぜ偽名を使っていたの?
スウェーデン王グスタフ・アドルフは実在の人物で、
リュッツェンの戦いも実際にあったらしい。
でもWikipediaを見るかぎり、グスタフ王は暗殺された
わけではなく、戦いの最中に命を落としたようです。
騎兵に狙撃されたのは事実でも、それは乱戦の一環であり、
だからその兵卒の情報もありません。
ヴァレンシュタイン、パッペンハイムなどの名も見られるけど
この作品に出てくる4人の名は見当たりません。
これは、史実をうまくデコレートした創作ということかな。

謎解きパートの盛り上がりとしてはなかなかです。
でも法水も「この大芝居を仕組んだ作者と云うのは、
決して犯人自身ではないのだ」と言っているとおり、
これってどう考えても算哲博士の企てですよね。
リュツェルン役に登場する人と同じ姓を持つ人を探して、
赤ん坊のうちにさらってきて家にそろえたわけですよね。
博士のヤバ度がさらに上がってきたぞ。

法水は、訊問の時のクリヴォフ夫人の怪しさも気づいて
いたらしい。ユダヤ人っぽいなとも思っていた様子。
ユダヤ人は民族的特徴として嘘つきだ、とまで言う。
自己を防衛するに必要な虚言は、許されねばならない――
という宗教的な許容があると。
つまり、男が寝室に侵入したという話は、嘘ということ。

長い話の中でポロッと、
「押鐘津多子は右目の白内障が原因で舞台を退いた」
という情報が差し挟まれる。

熊城は「何より僕らがほしいのは、唯った一つでも、完全な
刑法的意義なんだよ。君の闡明を要求したい」と言う。
つまり「証拠はあるのか」ということだろう。

法水は「では、最後の切り札を出すことにするかな」と
引き出しから一葉の写真を取り出す。

それは鐘鳴器室の上に開いている十二宮の円華窓の写真で、
ディグスビイが残した秘密記法だ――と言う。

 kokusikan13.jpg

法水はディグスビイもウェールズ生まれのユダヤ人だとし、
猶太式秘記法からそれぞれの星座にアルファベットを
当てはめていき、いろいろやってとにかく
「Behind stairs(大階段の裏)」
という解答を導き出した。

 kokusikan14.jpg

彼処にはテレーズ人形を入れた部屋とその隣の小部屋
くらいしかないが、じゃ、早速行ってみようか、と言うと
検事がさすがに感心して法水を褒める。

一同が高揚した気持ちで黒死館へ向かおうとしたその時、
電話のベルが鳴る。
法水は静かに受話器を置き、血の気の失せた顔で悲痛に言う。
「人もあろうに、クリヴォフが狙撃されたんだよ」

   *

謎解きの理屈や根拠は本当に理解が難しいけれど、
プロットや演出は想像を超えてドキドキさせてきます。

家族の面々には警護という名目で監視がついていたわけで、
どんな状況で事件が起こったのか気になります。

それにしても、前回映像化したら面白いのでは、みたいな
ことを書きましたが、今回のくだりがあると無理ですね(汗)。
ここどうにかしないと……。
ユダヤ人に対して酷すぎるんですが、当時の日本人にとって
どういうイメージの人種だったんでしょうね。
フリーメイソンのことも話に出てきているので、
得体の知れない、とか悪巧みしている、とかいう存在に思って
いたのかなぁ。


○二、宙に浮かんで……殺さるべし

法水が十二宮秘密記法の解読をしていた2時40分、
本館中央・2階の武器室の窓際で読書をしていた
クリヴォフ夫人の背後で、突然 装飾品のフィンランダー式
火術弩が発射された。
箭(矢)は夫人の頭部を掠め、毛髪を縫って直前の鎧扉に
命中した。夫人は窓外へ投げ出され、1本の矢で宙吊りとなって
独楽のように廻転を始めた。

でもここで私の勘違いが発覚したのですが、クリヴォフ夫人、
命は助かったんです。
「惨劇」ではあっても殺人事件ではなかった。
悲鳴で駆けつけた捜査員たちが引き上げて無事だったのですが、
頭髪は無残にもほとんど引き抜かれ、赭丹を流したように
顔は血だらけだったらしい。

わずか35分で法水一行は黒死館へやってくる。
法水の事務所も神奈川にあるんだろうか。
もしくは東京からでもそれくらいで来られる近さなのかな?
クリヴォフ夫人の意識は戻って事情が聴けるが、
椅子の背を扉の方へ向けていたので、犯人の姿は見ていない。
部屋へ入る左右の廊下には、曲がり角に一人、私服刑事が
配置されていたが、誰も出入りした人物はいなかったという。

密室ですね・・・
ミステリ好きの興味のツボをちゃんと押さえてます。

武器庫の調査が始まる。
部屋は石造りで2つ硝子窓がある。
陳列品の他には巨大な石卓と背長椅子が1つあるのみ。

 kokusikan15.jpg

法水は、職務を忘れるほどに陳列品の魅力に恍惚とする。
床に火術弩が落ちている。
(挿し絵を見ると、現在我々が「ボウガン」と捉えているものの
イメージに近い感じ。矢には火薬が絡めてあるらしい。
火事にならなくて不幸中の幸い)

熊城が石卓の上にあった鬼箭を持ってくる。
(夫人を引き上げる際に矢も抜いて、そこへ置いたんだろうか)
見るからに強靱兇暴を極める。
弩にも箭にも指紋はなかった。
(無造作に拾ったりしてるっぽいけど、一応手袋とか
してるんだろうな、さすがに)

事件発生の直前には、その弩は箭をつがえたまま
窓の方へ鏃を向けて掲かっていた。
だから、自然発射説は考えられない。

って言うんだけど、これどういう意味?
向きもちょうどいいし、何かの拍子に引き金?がどうかして
矢が射出されることがないとは言えないのでは?
(矢をつがえた状態で飾るのは、映えるんだろうけどあぶないね)
まぁ、犯人がいるのは確かにそうだろうと思うけど、
ここの理屈はよく分からない。
文章の意味を正しくとれてないのかなぁ。

人が弩を引いたに違いないが、
「犯人は標的を射損じたのだ。それが僕には、何より不思議に
思われる。第一、距離が近い。それに、この弩には標尺がある。
その時クリヴォフは、背後を向けて椅子から首だけを出していた
のだ。その後頭部を狙うのは、恐らくテルが虫針で林檎を刺す
よりも容易いだろうと思うが」
と法水は彼らしい言い方で言う。これはすごく納得の論証。

窓から前方の噴泉を指して、それについての疑問を述べる。
あれは誰か一定の距離に近づくと水煙が上がる装置になっている。
この窓硝子にはまだ飛沫が残っている。極めて近い時間のうちに
あの噴泉に近づいた者がいる。それだけなら怪しむこともないが、
今日は微風もないのに、飛沫が此処まで何故来たか――という
疑問が起こる。

今日の犯罪状況は極めて単純だ、と法水は言う。
何者かが潜入し、あの赤毛の猶太婆の後頭部を狙った。
射損ずると同時に、その姿が消えた。
その不可解極まる侵入には、あの「Behind stairs」の一語が
一脈の希望を持たせるだろう。

猶太婆ってまたえげつない言い方してる……。
勝手に疑ってただけで、被害者なのに・・・
ユダヤ人であるだけで、そんなにも貶めてよい存在なのか。

「あの愛すべき天邪鬼には、次第に黙示図の啓示を無視していく
傾向がある。つまり、黒死館殺人事件根源の教本でさえ、
玩弄してるんだぜ。ガリバルダは逆さになって殺さるべし――
それは伸子の失神姿体に現れている。
それから、眼を覆われて殺さるべき筈のクリヴォフが、
危うく "宙に浮かんで" 殺されるところだったのだ」
と法水はなんだか不満そう。

たしかにあの図の言葉だと
「旗太郎は宙に浮びて殺さるべし」でした。
見立て殺人の犯人に「なんで途中で見立てやめちゃうの!」とか
文句言う探偵役、見たことないw

その時、私服刑事に護衛されたセレナ夫人とレヴェズ氏が
入ってくる。
普段温和そうなセレナ夫人が、
「法水さん、貴方はあの兇悪な人形使いを――津多子さんを
お調べになりまして」と語気強く言う。
レヴェズ氏もおずおずとだが、
「あのかたは、御夫君もあり自邸もあるに拘らず、約一月ほど
まえから此の館に滞在して居るのです。何のために……」と言う。

法水はとりあわず、
「いつぞや、レナウの『秋の心』の事を訊ねましたっけね。
ハハハハハ、御記憶ですか。然し、僕は一言注意しておきますが、
この次こそ、貴方が殺される番になりますよ」
と言い放つ。

ここは笑ってしまった。
レヴェズさんぎょっとしてる。かわいそう。

レヴェズ氏は気をとりなおし、神意審問会と同じような出来事が
前にもあった、と語る。
算哲の死後まもなく、昨年5月の始めごろ。
礼拝堂でハイドンの四重奏を練習していた時、突然グレーテさんが
叫んで扉の方を見つめた。
「津多子さん、其処にいたのは誰です」と叫ぶと、
確かにドアの外から津多子が現れたが、きょとんとして
誰もいない、と言う。でもグレーテさんは言ったんです。
「確かそこには算哲様が――」と。

この2回の不可思議なできごとに共通しているのが津多子だ、と言う。

法水は弱々しいため息をつき、身辺に特に厳重な護衛をつける、
と約束する。そして、
「貴方に『秋の心』をお訊ねしたことを、改めてお詫びして置きます」
と謎の謝罪をする。

今日の事件の際のアリバイを訊ねると、セレナ夫人は
自分の部屋でジォコンダ(セントバーナード犬の名前らしい)を
お掃除してました。と答える。そして、
「オットカールさんは確か、噴泉の側にいらっしゃいましたわね」
と言うと、レヴェズ氏が目に見えて狼狽する。
「いや~ガリバルダさん、鏃と矢筈を反対にしたら、弩の絃が
切れてしまうでしょうからな」と不自然に笑って誤魔化す。
あやしい。

二人が帰った後、捜査員から他の4人のアリバイも報告される。
旗太郎と鎮子は図書室にいた。
回復していた津多子は、階下の広間にいた。
伸子の動静は不明。

法水はレヴェズ氏のことが気になっているようで、
「何より濃厚なのは、あの男が死体運搬車に乗っている姿なんだ」
とか「恐らく犯人であると云う意味でなしに、今日の事件の主役は
屹度レヴェズに違いないのだ」とか言う。

噴泉を調べる。四方に踏み石があり、それに足をかけると
水が噴出する仕掛けになっている。
靴跡が残っていて、レヴェズは
正面→向こう側→右→左 と踏んだらしい。

本館に戻り、開けずの間を訊問室にして、まず伸子を呼ぶ。
法水は帷幕の外から寝台を見て、なぜかハッとする。
法水が子細に寝台の装飾を眺めていると、伸子が現れる。

   *

「ドアに背を向けて」「背後から射られて」
→「鎧扉に刺さる」という状況が分からなかったのですが、
(だって窓の外は空中だから)
ちょっとナナメから射られたんですね。
最後に載っていたこの図を見てようやく把握できました。

 kokusikan16.jpg

でも、この窓 開いてたってことですよね。
捜査員は「悲鳴を聞いて」駆けつけていて、硝子の割れる音
には言及がないです。
石造りの部屋で石のテーブルで窓あけっぱで1月末に
よく読書できたな! 底冷えするだろうに。
この日は風もなく(検事たちがうとうとしちゃうような)
ぽかぽか陽気の小春日和だったみたいですが、
それでも窓開けるかなぁ?

でも、クリヴォフ夫人の自作自演だったと考えるには、
夫人の被ったダメージが甚大すぎですね。
ヘタしたら命を落としていても不思議ない状況だし。
やっぱり、すなおに被害者と考えて良いんだろうな。

(進捗・287/469ページ)

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  テーマ:読んだ本の感想等 ジャンル:小説・文学
黒死館殺人事件(8)
2024年01月08日 (月) | 編集 |
第四篇 詩と甲冑と幻影造型

○一、古代時計室へ

乙骨医師は法水と旧知の間柄のようで、ざっくばらんに
検視報告が始まる。

のだが……。
医師は詩の一節を読み上げたりはしないけれど、
やりとりが分かりづらいのは変わりない。
検死結果や伸子の容態すら、把握するのが難しい。
なんとか解読したところによると、

伸子は単純失神。(気絶したフリではないということっぽい)
胃の内容物はほとんど空。(「一寸不審かもだが消化の良い
食べ物を摂って2時間後に斃れたとしたら怪しむところはない」)
尿に燐酸塩が多い。(「心身疲労の結果だろう」)

ここでちょっと疑問なのですけど、
胃の内容物って、生きてる人も調べられるんでしょうか。
「斃れる」って「事故や事件などで死ぬこと、殺されること」
なんですけど、伸子、解剖されちゃってないですか???
ちゃんと生きてるのかな。心配になってくる。

法水は頸椎のことを気にしている。
「ジーグフリード+木の葉 の公式」なるものを持ち出す。
エーテルを吹きつけるとその部分の感覚が失われる。
この時、手の運動を司る第七第八頸椎だけを
ジーグフリードの木の葉のように残しておく。
麻痺した部分の中に知覚のある部分が残ると、
強烈な痒みが発生する。それが電気刺激となって
指に無意識運動を起させるに違いない。
――という考え。
全身が弛緩した伸子が鎧通しだけをしっかり握っていた
ことに、何とか説明をつけたいらしい。(結論は出ず)

ジークフリート(Siegfried)というゲルマン神話の戦士が
いるそうです。ワーグナーの楽劇の主人公にもなってるみたい。
この人のことなのかなぁ。
Wikipediaを見たくらいでは分からなかったけれど、
何か木の葉にまつわるエピソードがあるのかも。

ゲルマン神話はなじみが薄いけれど、たとえばギリシャ神話で
"調子に乗ったオリオンはヘラが放ったサソリに刺されて死んだよ、
今も夜空でオリオンは、足元のサソリから逃げてるんだ"
みたいな小咄は わりと浸透していると思います。
こんな感じの一般教養なのかな、ジーグフリードも……。

この後、法水の依頼で行ったことの結果が報告されるが
これは興味深い。
法水の指示は「伸子が覚醒した瞬間に自分の名を書かせる」。

これは「マリア・ブルネルの記憶」に由来したもの。

ブルネル家で2児が殺される事件があった。
夫人と下女は重傷、主人が疑われた。
意識を回復した夫人は調書の署名にブルネルではなく
「マリア・グッテンベルガー」と印した。
実家の姓でもないし、夫人もこの名前に記憶がない。
のちの調査で、下女の情夫がその名で、捕まった。
凶行の際に識別した犯人の顔が頭部の負傷と失神で
喪失してしまったが、覚醒後の朦朧状態で
潜在意識となって現れたのだ。という逸話。

法水もこれを狙って、伸子が忘れてしまったかもしれない
何かが得られるか、と署名をさせたんですね。

でもこの話ちょっとおかしいと思うんだよな。
夫人は下女の情夫の名前を知らなかったんでしょ?
面識が仮にあったにせよ、名前を知らなかった人に
殴られて、その名前を書くっておかしいよね。
最初納得しそうになったけど、矛盾してるよな。
でもまぁ、これが成り立つとして読んでいくことにします。

医師が伸子の書いた紙を見せる。そこには
「降矢木伸子」
と書かれていた。

直情的な熊城が気勢を上げる。
「つまりグッテンベルガー=降矢木旗太郎なんだ!
クリヴォフ夫人の陳述も綺麗さっぱり割り切れてしまうぜ」

検事は慎重に
「いや、この評価は困難だよ。以前降矢木Xさ」と、
暗に算哲のことをほのめかす。

乙骨医師と入れ違いに田郷真斎が呼ばれる。

法水はいきなり
「あなたは昨夜8時から8時20分までの間に邸内を巡回して
古代時計室に鍵をおろしたそうですが、その頃から
姿を消した一人があったはずです。
ゆうべ神意審問会の当時この館にいた家族の数は、
5人ではなくて6人でしたね」と言う。

とたんに真斎は全身をおののかせる。
なんかもうずっと法水は、この人に対してヒドいw

だが簡単には口を割らない真斎に、法水は推理を披露する。
言ってることを完全に理解するのはちょっと難しいけれど、
謎解きフェーズのドキドキする感じは伝わります。

そもそも館についた時から気づいていた。
そんな必要もないのにバトラーは何かに怯えている。
どうやら貴方の箝口令が生んだものだ。
そこまでして覆い隠そうとした人を、身長まで分かった。

廊下の兜が2つ置き換えられていた。
廊下にガラスに一部気泡がある明かりがあって、
複視が起きるほどの反射光を受ける場所がある。
(これで目の高さが測定できる)
これによって前方の「処女受胎の図」「カルバリ山の朝」
の2枚の絵が、マリアが磔(はりつけ)になったように見えてしまう。
これを嫌って兜を置き換えたのだ。

その高さは5フィート4インチ。
4人の外人は論なし、伸子も鎮子もそれより低い。
では誰なんでしょうね?
さっき貴方の口からその真相は吐かれましたね。

真斎は驚く。

さっき貴方、僕が「ゴンザーゴ殺し」の○○と言って
次のセリフで答えた時、つっかえましたでしょ。
スライス(thrice 三たび)のところで。
あと、バンスライスを口にした時も顔色を失った。
スライスを避けて前節のバンと続けたバンスライスが、
「告死老人(バンシュライス Banshrice)」のように
響くからでしょ。
「三たび」って、何を意味しているんでしょうか。
ダンネベルグ夫人……易介……、そして3度目は?

セレナ夫人は、「短剣の刻印(ゼッヒ・シュテムベル)」
を不自然に休止をおいて発音した。
それは「ゼックス・テムベル(Sechs tempel 6つの宮)」
と響くのを怖れたためだ。
あなた方二人の心像だけでも、
最早否定する余地がなくなりました。

「押鐘津多子です」

かつては大女優でした。5フィート4インチは彼女の身長です。
光栄ある一族の中から犯人を出すまいと、
箝口令を敷いたのでしょう。

真斎は「一体どこに隠れているというんです、どこかにいるなら
儂から進んで犯人として引き出して見せますわ」と言うが、
法水は冷笑を湛えて「犯人どころか……あの人こそ、
最初の犠牲者だったんですよ」と言い放つ。
「貴方はその手で、死体の入っている重い鋼鉄扉をしめたのです」

一同は古代時計室へ行く。
鎮子の訊問後、古代時計室の鍵は紛失した、という話を
聞いていたが、真斎は何事もなかったように鍵を取り出して
鋼鉄扉のハンドル下の函を開ける。
(本当に紛失していたのか嘘だったのか、どっちだろ?)
その中の文字盤を廻すと、閂止めの外れる音がする。
この文字盤の操作法と鉄函の鍵は、算哲の死後
真斎以外に知る者はいないと言う。

法水が重い鉄扉を観音開きに開く。
チクタクと刻む振り子の音とともに、異様な音が流れてくる。

   *

あの引用の応酬には、ミステリ的な意味が
ちゃんとあったんですね。
そう考えると、ドグラ・マグラのチャカポコより許せるな……。
知識不足で伏線に気づくどころか
さっぱり「なるほど!」となれないのが残念ですが。

あとストーリーとは関係ないですが、作中で登場人物が
煙草をふかしているので、時代を感じます。
最近の小説だと基本的に喫煙者は出てこなかったりするし、
出てくるなら「キャラ付け」とかそれなりの社会的地位
(反社の人とか)の描写のためだったりします。

でも黒死館では誰もかれも当然のように吸ってます。
この章で現れた乙骨医師も、部屋へ入るなり煙草を頂戴して
吹かしながら報告が始まります。

これってたとえば、

「部屋へ入ってきた人がルマンドをせびって、
しゃくしゃくしながら報告する」とか、
煙や匂いがすることを加味すると、
「会議中に 蒸気であったかくなる駅弁開けて食べ始める」
とか、煙草以外のものでイメージすると かなり異様です。

なぜ煙草だけ、嗜好品なのにオフィシャルな場所で
たしなむことが当たり前に受け入れられていたんでしょうね。
仕事後に一服、とか起き抜けに一服、とかは分かるんですけど。

時代が移ると、「その時代に当たり前だった価値観が
どうして生まれたか」を理解するのが難しくなりますね。
現在の「当たり前」にも、50年後から見たら
ひかれちゃうようなことがあるんだろうな。


○二、Salamander soll gluhen(火神よ燃え猛れ)

中央の人形時計がオルゴールの音を奏でだす。
電気をつけると、奥のキャビネットの上に
津多子夫人が横たわっている。病的な鼾声が聞こえる。
まだ生きている!
顔以外全身を毛布でミイラのように巻かれている。
オルゴールが鳴り終わる。この時、8時。

抱水クローラルの匂いがしてホッとする。
(薬品室にもあった一般的な睡眠薬)
熊城は、遺産配分から唯一人はぶかれたという動機を持つ
人物が一転、被害者となってしまったことで落胆する。

問題は「犯人にこの人を殺す意思がなかったと云う点だ」
と法水は言う。転がしておくだけで凍死しただろうに、
そうならないよう毛布でしっかりくるんでいるからだ。

憔悴した真斎が、正直に話し始める。
夕方6時頃、夫の押鐘博士から電話がかかってくる。
9時の急行で九大の神経学会に行く、という連絡。
その時召使いが電話室から出る夫人を見て以降、
姿を見ていない。いないことに気づいたのは、
8時の神意審問会に欠席された時。
なお、時計室は週に一度掃除することになっており、
ちょうど昨日掃除した。

「よし、6時から8時までのアリバイだな!」と熊城は勇むが、
「冗談じゃない、あの狂人詩人のすることに、どうして
アリバイなんて、そんな陳腐な軌道があって堪るもんか」
と法水はバッサリ言います。
褒めちゃってるんだよな、犯人を……。
というか、ちゃんと精緻で複雑怪奇な事件を
自分が解決することだけに興味があるというか。
クリヴォフ夫人を「どうせあなた方、私たちが死のうが
どうでもいいと思ってるんでしょ!」と怒らせていたけれど、
そう言われても当然の態度だなぁと思う。

法水は部屋の中のさまざまな古代時計を興味深く見る。
中央には男女の童子人形が鐘とオルゴールを演奏する
人形時計があって、その横腹の機械室を開けてみると、
扉の裏に篆刻があった。

天正14年5月19日 イスパニア王フィリップ2世より梯状琴
(クラヴィチェムバロ)と共にこれをうく。

天正15年11月27日。ゴアの耶蘇会聖パウロ会堂に於いて、
聖フランシスコ・シャヴィエル上人の腸丸をうけ、それを
この遺物筺に収めて、童子の片腕となす。

なんかちょっと怖いこと書いてあるな……、腸丸って何??
このシャヴィエルは、我々になじみ深いザビエルさんですね。
法水が「確か上川島で死んだシャヴィエル上人は、美しい
屍蝋になっていたのでした」とか言っていて、
Wikipediaで調べたザビエルさんの没地と一致しています。

Wikiによるとザビエルさんの遺体は
「なお右腕上膊はマカオに、耳・毛はリスボンに、
歯はポルトに、胸骨の一部は東京になど保存されている」
などと、崇拝されていたからこその扱いを受けているようで、
その一部が巡り巡って黒死館にあるという設定も
あながち無理がないのかもしれません。ちゃんとしてるなぁ。

時計室を出ると法水によって、7時ごろ甲冑武者が
2階へ動かされた謎が解かれる。
甲冑武者はそれぞれ長い旗を持っている。この旗で、2階の
上の方を隠すために移動させられた。
遮るものがない時に照明を落とすと、後方の漆塗りの鋼鉄扉に
テレーズの像が浮かび上がる仕組みになっているからだ。

真っ暗になった時なぜテレーズの像が現れなければならないのか。
「それが、破邪顕正の眼なのです」
つまり防犯用ということらしい。
世界の蒐集品を保護するために文字盤を鉄函に入れただけでは不安で、
こんな芝居気たっぷりな装置をこっそり設けたのだ、と。

いつも明かりがつけっぱなしのこの辺りの照明が落とされるのは、
誰かが侵入しようとした時だ。
そんな時に不気味な像が浮かび上がったら、
たしかに脅かされただろう。
犯人は一度苦い経験をしたことがあったので、
昨夜は予め甲冑武者を動かして問題の部分を隠したのだ。
検事は感心し、法水を褒めた。

意外なことにここで、一日目の調査を終え法水は帰宅する。

「黒死館殺人事件」というタイトルから、クローズドサークル
での連続殺人事件を想像していたのですが、
まさかの捜査関係者自由に出入り可能なシチュエイションでした。

2日目、法水は終日書斎に閉じこもって終わる。
各社新聞に、空前絶後の神秘的殺人事件の記事が載る。
呼び戻された押鐘博士の帰京と津多子夫人の回復は
さらに翌日になる。

3日目(正確な日付が書かれている。1月30日とのこと)、
法水は易介の死因を発表する、と報道各社に通告する。
集まった30人ほどの記者でぎっしりの書斎で、
法水は草稿を読み上げる。

原因不明の窒息は、器械的な圧迫が胸腺に加わったもの。
易介は、成年に達しても胸腺を有する特異体質者だったに相違ない。
横向きにした鎧が、強く鎖骨上部を圧迫し、胸腺静脈に
うっ血を来たし、気管を狭窄し、長時間にわたる窒息により
死に至らしめた。
2条の切創も、肥大した胸腺を切断して収縮せしめたばかりでなく
出血を胸腔内に充たして肺を圧迫して
残気を吐き出さしめたためと信ずる。

死後脈動および高熱については、窒息死後、廻転するかして
死体に運動が続けられる場合は、高熱を発し脈動を起す例が
必ずしも皆無ではない。
易介も、絶命後具足が廻転したことは
死体発見の一因として証明されている。

今回の発表が死因の推定にとどまり、何ら事件の解決に
資するところのないのは捜査関係者として遺憾の意を表す。

なるほど、現象が「起こりえた」説明はつけられるわけですね。
"特異体質" を持ち出しちゃうのはミステリとしては禁じ手のように
思うけれど、この時代にはゆるされたのか……または、
まだこれが真相と確定したわけではないから、他に説明がつくのか?
犯人は易介をとにかく時間をかけて自動で殺したかったわけか。
それでこの仕組みを考えた。
でもその動機とか誰が手を下したかは、まだ分かりませんね。

こうしてみると、易介の方が、毒殺されたダンネベルグ夫人より
長時間苦しんで死んでいった気がします。
易介の方に、より強い殺意があったのでしょうか。
ふつうだと、使用人って添え物的な存在で、
何かを目撃して口封じに……ということはあるかもだけど
直接の標的になることって、珍しい気がします。

記者たちを帰らせた後、法水は珍しく達成感のあるような顔で
「じゃあ以前まとめてくれた疑問一覧表に答えようか」
と、検事たちに言いかけるが、その時速達が届く。
そこにはいつもの装飾的な文字で、こうあった。

「Salamander soll gluhen(火神よ、燃えたけれ)」

   *

黒死館殺人事件は、今まで映像化されたことはないのかな?
けっこう映像映えしそうな気がするのですが。

旗太郎とセレナ夫人は美男美女ですし、
クセのある法水麟太郎は、実力派の俳優さんにとってみれば
やりがいがありそう。
だいたい館の中のシーンなので、ロケもコストが低そう。
トンデモ召使いの古賀くんは、愛嬌のある芸人さんとかに
やってほしいかも。

4人が外国人なのは唯一ネックな点かなと思ったけれど、
でも昨年「VIVANT」っていうドラマで
日本人の俳優さんが外国人を演じることの違和感のなさも、
初めて見る外国人の俳優さんでもその魅力がしっかり伝わることも
分かったから、できないことなさそうって思います。

まぁ全ては今後のストーリー次第か。
ここまでで ほぼ半分読んだことになります。
まだまだどうなるか分かりませんね。

   *

ここまでの登場人物情報・つづき

乙骨耕安 おとぼねこうあん。警視庁の鑑識医師。50歳を超えている。
テレーズ・トレヴィーユ 故人。算哲博士の妻。黒死館の邪霊。

(進捗・230/469ページ)

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