文豪ストレイドッグス外伝(2)
2022年03月07日 (月) | 編集 |
文豪ストレイドッグスの外伝のコミカライズの
2巻が出ました。(の が多くてスミマセン)

 bunsuto136.jpg

文ストは娘が好きな作品なので
わたしもついでにアニメ見たりしてるんですが、
この「現在の文豪」が登場する "外伝" は
かねてより大ファンの綾辻先生がキャラとして出るので
わたくし自身が率先して購入しております。

すごく久々に新刊が出たので奥付を見てみたら、
1巻は2018年の発売でした。
もう続き出ないのかな?って思っていたので、
また出てよかったです。

 bunsuto137.jpg

というわけで、新刊発売記念で
ミニチュアを作ってみました。
1巻と、原作小説もいっしょに。

文豪ストレイドッグスは
派生作品もそれぞれに漫画化されていて、
今回は本編併せて4作品が同時に新刊刊行!という
おまつり的なキャンペーンでした。
(娘も本編の新刊を買っていました)

別々の漫画家さんが描いてらっしゃるんですけど、
いずれも絵がきれいで、感心します。

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1巻がどのへんまでで終わってたか完全に忘れたし、
また最初から読もうかなと思います。
綾辻先生がカッコいいんですよ(^^)

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  テーマ:こんなの作りました♪ ジャンル:趣味・実用
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」
2022年02月16日 (水) | 編集 |
娘が学校の図書室で借りた本を読んでいました。

クラスでビブリオバトルがあって、
どなたかがお勧めしていて興味を引かれたので
借りてきたとのこと。

その辺に置いてあったのを何気なく見たら
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」という翻訳物でした。

 catcherInTheRye.jpg

珍しいなと思い、
「サリンジャーかぁ。何か有名な代表作あったよね、
"ライ麦畑でつかまえて" だっけ」
と言ったら、
「それがこれだよ」
と言われて、え!? ってわりと大きめの声が出てしまいました。

原題初めて知りました。
今は原題そのままで出版されているんですね。
わりと近年、あらためて翻訳されたもののようで、
訳者は村上春樹さんです。

「タイトルは有名で知ってるけど読んだことない」
という本って結構ありますね。
わたしはこの本、そういう中の1冊でした。
良い機会なので、ついでに読ませてもらうことにしました。

ちなみに、「ライ麦畑でつかまえて」という
タイトルからわたしが想像していた内容は、

古き良きアメリカ西部のとある村。
幼馴染みの少女と少年。
どこまでも広がる金色のライ麦畑の中で
時間を忘れて追いかけあったかけがえのないあの頃・・・
時は流れ、都会の片隅で必死に今日を生きる
女性と青年が、ふとしたことで再会し・・・

みたいな感じでした。(大外れであったことが後に分かる)

そんな「前知識ゼロ」で読んでいくと、
なかなかに捉えどころのないお話です。
どんなストーリーなのかまだ分からない、
まだ分からない(もう半分過ぎたのに)、
え、このまま終わっちゃうのか?
でおしまいまで来てしまった感じ。

少しずつ分かっていくことをまとめると
主人公は、社会人の兄や小学生の妹もいる
おそらく高校生くらいの男子生徒。
クリスマスを目前に控えた時期に
なんと4回目の退学を食らったらしい。
未成年にも関わらず飲酒と喫煙の習慣がある。

将来の夢も、目標も、やる気も、協調性も、
親への感謝も、いっさいない人。

この本は多分、読んだ時の年齢や立場によって
感想がだいぶ違うのではないかと思います。
今のわたしは主人公の親世代くらいの年代で、
(あらぁしょうもない子ねぇ。親御さん大変だわ)
と思うのですが、若い頃読んでいたら
主人公に対してイライラしちゃったかも
しれないなと思います。
ちゃんとしてないのに文句は一丁前なので。

物語は主人公の変則的な一人称で語られます。
変則的な……というのは、時折 急に
「君だってそう思うだろ?」
とか言ってくることがあるからです。
最初にそう言われた時は驚きました。

「君」が誰なのか、語られないのですが
主人公は現在 結核?か何かで療養しているらしく、
「君」も、隣のベッドに入院している
同世代くらいの患者だったりするのかなと
想像しながら読んでいました。

主人公は、また退学を食らって親に伝えないと
いけないけれどまだ伝えていない、そんな
最悪のコンディションだった数日間の出来事を語ります。

何が起こってその時どう思ったかを
実に事細かに語り、折々に
前の学校の級友とか幼少期の幼馴染みなどの
エピソードを怒濤のごとく挟んできます。

セルマ・サーマー、ザンベジ先生、ロバート・ティチナー、
ポール・キャンベル、ウォード・ストラドレイター・・・
とても覚えきれないのでメモりながら読んでいましたが、
最終的に50人以上になっていました。

そんな調子なのでメインの話はなかなか進まないのですが、
たぶんストーリーの展開を楽しむタイプの小説では
ないんだろうな、と後から思いました。

全体的な印象としては、主人公をとりまく環境が
とにかく「民度が低い」。
通っていた学校の寄宿舎は「こそ泥の巣窟」みたいに
書かれていました。級友も品位に欠けたり
常軌を逸して不潔だったりします。
3度も退学で転校して、そのたびに通う学校の偏差値が
下がっているのでしょうし、
主人公自体のふるまいも非常識で自ら盛り場へ足を
踏み入れているわけなので、周りの環境の悪さは
自業自得、因果応報と言えるのかもしれません。
でもまぁ、オバちゃんの立場から見ると、
ちょっと可哀想にも思いました。
もうちょっと運が向いて、良い環境で暮らせたら
良かったのにねぇって。

主人公は、身の回りで起こる出来事、会う人々に
つねに不満を持ち、心の中で不平を唱え、
謎の上から目線で他人を哀れみ、
被害者意識が強く、心をくさくささせています。

こうなってしまっている人の考え方を変えるのは
特にこういう環境の中では難しいと思うけれど、
終盤とある人物に「あなたはけっきょく、
世の中のすべてが気に入らないのよ」
と両断されています。
まだ、まともなことを言ってもらえるんだな……と
ギリギリ手遅れじゃないような気がして
このくだりは印象に残りました。

この「ライ麦畑でつかまえて」という作品は、
1951年出版だそうです。
およそ70年にわたって(外国である日本でまで)
読み継がれているので、
"不朽の名作" ということですよね。

これ、どこがそんなに評価されているんだろう。

読み終わって、それをずっと考えていました。
同じような立場の人には刺さるということでしょうか。
それって自堕落な若者ということです。
若くてもちゃんとしている人はいるので
世界がこの主人公みたいな人間ばっかりとは
さすがに思えないけど……。

考えながらひとつの仮説を思いつきました。
この主人公は、とにかく話が大げさです。
「数マイル離れて歩いた」とか「100万個くらいある」とか
息をするように話を盛ります。
自分の発言が正確でないことに対する罪悪感とか、
それが正しいことではないという認識は、なさそう。

そういう人間が語ることは、
果して実際に起こったと言えるのでしょうか。
エピソードのうちのいくつかは、嘘なのでは??

読んでいてたびたび
「まだ寝ないのか」
と疑問に思いました。

夜寄宿舎で学友とひとモメして、
駅まで歩いていって列車に乗って町へ出て、
ホテルをとって、また町へ出て、
酒場でしばらく過ごして、ホテルへ戻って、
娼婦とひとモメして、やっと寝ます。
(わたしは学校で友達とモメた辺りから既に
「いいから早く寝ろ」と思っていました。
学友の中には既に就寝している生徒もいる時間帯だったからです)

語られたエピソードに嘘が混じっているのなら、
一晩で起こるには多すぎる出来事の説明がつきます。

というかもう、すべてが嘘まである。
どこからどこまでが実際に起こったことで、
自分がどんな嘘をついたのか、
主人公には分からなくなっているのかもしれない。

だとしたら、あの謎の「君」という存在は、
もしかしたら入院患者仲間ではなく
カウンセラだったりするのかもしれません。

主人公が今、どこかの病院に入院しているのは
おそらく確かなのだろうと思います。
でもそこは、彼が言うような呼吸器系の身体的な疾患を
治療する病院ではないのかもしれない。
(最終段でチラッと「精神分析医が熱心に質問してくる」
と言っている描写もあります)

未成年のうちからだいぶ飲酒量が多かったようなので、
その影響もあるかもしれません。
彼はひょっとしたらもう学生の年代ではないかもしれず、
弁護士の父親もおらず、
そばで(仕事として)静かに話を聞いてくれる "君" に、
あったかもしれない若い頃、
いたかもしれない自分、の話をしている・・・

もしこれが真相で、
主人公の語る膨大な話が全てちりばめられた伏線だとしたら、
これは確かに傑作だ!とミステリ好きなわたしは思いました。
(最後まで種明かしされていないのも実に鮮やか)

・・・まぁ、それはないのかな。
わたしは、そうだった方がこの小説を楽しめますが。

ところで、「ライ麦畑でつかまえて」というタイトルの
由来はやはり読みながら気になっていて、
その疑問はちゃんと解けました。
ロバート・バーンズという方の詩の一節なのですね。

このフレーズにからめて主人公が語ることは、
もうまさに全部がゴミ溜めのようなこの話の中で、
なんだろう、めちゃくちゃ透明な水晶のような
純粋な美しさを感じる言葉でした。

これもまたその場の思いつきや出まかせなのかもしれないけれど、
そうだとしても、この発想が主人公の中にあったことに驚くし
こんなことを考えられるなら、主人公、まだまだぜんぜん
すてたもんじゃないよ、と思いました。
これがタイトルになっていること、素晴らしいと思います。

この本はきっと、10年おきくらいに読み返したら
自分の中に全く違う感情が起こったりして楽しめそうですね。
わたしも、10代の時に読んでおくべきだったな~

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  テーマ:読書記録 ジャンル:小説・文学
鶏口牛後
2021年12月11日 (土) | 編集 |
娘が漢文の予習をしていたので、
ちょっと見せてもらいました。

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「鶏口牛後」という故事成語でした。
「鶏口となるも牛後となるなかれ」のやつですね。

わたしも高校の時に知った言葉ですが、
語句の成り立ちまでは習わなかったので
どんな由来の故事なんだろ、と見てみました。

「秦人」から始まるその文章を読んでいくと、
アレ?これキングダムの時代の話だな、と思いました。

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地図もまさしく、漫画で見るあの配置です。

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わたしはめちゃくちゃ詳しいファンという
わけではないけれど、
「趙」が秦を攻めたい、とか
趙から見たら秦に攻め入るなら「西に向かう」よな、
というのは、スッと把握できます。

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なんなら「秦」「趙」「燕」「洛陽」などが
国名や地名を表す字だ、ということが
自然と分かるので、それだけでも
文章を読むのにかなり助けになるなと思いました。

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そして三段落からなるこの故事の、一段落目の最後が

「ここに於いて、六国 従合す」

で結ばれていて、
うわわ、これ合従軍の話か!って
テンション上がっちゃいました。
(合従軍編、めちゃくちゃ面白かったですよね……)

漫画は役に立ちますね・・・
学校の古典の先生も、キングダムや三国志読んどくと
漢文を読む時助かるよ、みたいに
お勧めされてたことがあるそうです。

娘はキングダムを未読なのですが、
まさにそれが効果を発揮することを経験したので、
冬休みに一気読みする! と言っていました。

   *

ちなみに「鶏口となるも牛後となるなかれ」の
フレーズは、一段落目の終わり(六国従合すの前)に
ババン!と出てきます。

じゃあこの後、合従軍の戦いが描写されるのかな?と
ワクワクして読み進んでみると、
意外にも、
急に いけすかない兄嫁の悪口が始まって、
ぶしつけな兄嫁をへこましてやったぜ!みたか!
みたいな話になっていったので、
「え?ええ?(^^;)」って感じでした。

わたしが意味を正しくとれてないのかもしれないけれど、
思ってたんと全然違って笑えてしまいました。

いや~
キングダム読み返したくなってきました。
わたしは騰将軍が好きです。

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  テーマ:漫画 ジャンル:アニメ・コミック
「トロと行く沖縄」
2021年06月30日 (水) | 編集 |
昨日のミニチュア(↓これ)を作るために、
家にあったどこでもいっしょ関連の書籍を
いろいろと出しました。

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ついでにそれぞれ ぱらぱらしてみたのですが、
どれも開くのが久しぶりなので
既に読んだことあるはずなのに かなり新鮮でした。

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この「公式ファンブック」は
シリーズ最新作が「トロと休日(PS2)」だった
2002年5月の発行で、約20年前のものですが、

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載ってるグッズが今でも現役で
うちで使っているものもけっこうあって、
「生まれる前のものなのになぜか知ってる」状態
になった娘が驚いて笑っていました。

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あ~~マクドナルドのキャンペーンもありましたね。

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会社に マック週4(!)食べてる先輩がいて
グッズをくれたので、
トレーディングカードも全部集まりました。

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あとこれはゲーム誌の創刊キリ番記念号で、
ソニー(SCEI)の看板キャラとして表紙を飾っています。
発行は2005年2月。
シリーズとしての最新作は
PSP版の「どこでもいっしょ」が出たタイミングで、
その特集が組まれています。

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アイドルさんかな、かわいい3人組の子たちが
遊び方を紹介しているのですが、
これがよく見たらPerfumeでびっくりしました。
「現役女子高生アイドルグループ」と
紹介されています。

長いこと一線で活躍されていて、すごいですね。
今やもうPerfumeに説明は要らないですからね。

他にも紹介はじめたらキリがないですが、
今回最も新鮮に驚いたのがこちら。

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「トロと行く沖縄」。

公式ファンブックや電撃PlayStationとかは
家にあることを覚えていて、
(あの雑誌作ろう)と思って出してきたわけですが、
これについては全く記憶がなくて、
棚から出てきて(え?こんなのあったっけ)って
驚いたほどでした。

発行は2005年6月。
これ架空のものではなくて、
ちゃんと実在するお店や施設が載った、
るるぶやじゃらんみたいな旅行誌なんです。

こういうのって、「ちょっとキャラのイラスト
添えときゃいいだろ」的にいい加減に作ることも
できちゃうものだと思いますが、
これすごくしっかり作り込まれているんです。

 toro2021-26.jpg

ポケピたちがちゃんと沖縄を旅していて、
臨場感ある写真が満載です。
(つまり、メタ的な発言になるけれど、
写真の上にイラストを載せる、ではなく
写真にCGがちゃんと合成されている、ということ)

今でこそCGはもちろん、ARという技術も発達して
現実世界とキャラクタの融合が
比較的容易に行われるようになってきているけれど、
どこでもいっしょはCG技術の黎明期の作品です。
スーパーファミコンがPlayStationになった時。

実際のお店や路地裏の中で過ごすポケピたちの
リアルさが、愛着や魅力を高めた一因だったと思います。

その技術の粋がつまった旅行ムックであると
思うんですよね。

 toro2021-27.jpg

表紙もそうだけど、お店の方なんかが
そこにいるポケピとふれあってる風の写真も多くて、
いいんですよ。

すっかり忘れていたくせに熱弁するのも
アレですが・・・
素晴らしいコンテンツは、やっぱりキチンと
褒めておかなくては、と思って書いてみました。

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  テーマ:本、雑誌 ジャンル:本・雑誌
中学生の勉強
2021年02月16日 (火) | 編集 |
このところ編む物を何も思いつかなくて
編めてないのですけれど、
さすがにこどもの受験が気になって
頭がそっちに持っていかれているのかなぁ。
無事に4月からの行き先が決まれば
また編みたい物が出てくるかもしれないですね。

わたしが中学生だったころと今とでは
30年くらい年代の隔たりがあります。
義務教育の中学生が学ぶことは基礎というか
常識として持っておくべき知識なので
大きく変わることはないと思っていたのですが、
案外様変わりしていることもあって、面白いです。
今日はそのいくつかを書きとめてみようかと思います。
そのうち忘れちゃいますからね。

たとえば英語では・・・
同じ「ニューホライズン」という教科書なのですが、
わたしの時の主人公は「マイク・デイビス」という
ザ・アメリカの少年!というイメージのキャラ。
娘の教科書の主人公は「ディーパ・ミートラ」という
インド出身の女の子。

 study01.jpg

「ディーパがコウタに……」とか娘が言っていて、
最初何のこと??って感じでした。
グローバル化とか多様性とかが配慮されてる感じがします。
絵柄もラノベ風で、今の子になじみやすそう。

内容も、昔は人畜無害な話だったイメージですが、
オチがあったりして結構読んでて楽しい。
「この本を知っていますか?」という会話文に出てくる本が
ハリポタやピーターラビットだったり、
スポーツ選手や著名人が具体的に出てきたりもしていました。

理科や社会は、ちょくちょく新しい発見や学説が
反映されていて、今はこう教わるのかーと面白い。
「太陽系の惑星」に「冥王星が含まれない」
みたいなのは、新しい常識として一般的だから
「だよね」と思いますが、
社会は結構、知らないことが多かったなぁ。

地理では、山脈とか川とか地形は普遍ですが
「本州四国連絡橋はコレとコレとコレの3本!」
とか、世界遺産とか、30年間で新たな常識が
増えてます。
わたしの時は瀬戸大橋しかなかったんだよ。

輸入品輸出品のグラフなんかも「どこの国でしょう」
みたいに問われることよくありますが、
目印にしていたものが全然変わってたりします。
羊毛売ってる国は一目でオーストラリアだったのに、
今やオーストラリアは第三次産業が3/4くらい占めてて
羊推しではないんだそうで。

世界最古の猿人は?と娘に問題を出されて、
自信満々で「アウストラロピテクス!」と答えたのに
答えは「サヘラントロプス・チャデンシス」だった
こともありました。
知らないうちに、最古の人類は3~500万年くらい
記録更新していました。
学問の進歩をこれほど感じたことはなかったです。

 Dc-OvSZVMAAtNqK.jpg

他にもたくさん猿人や原人が発見されたから、
その中の1種類にすぎないアウストラロピテクスを
今の中学生が教わることはないし、
今の大人はチャデンシスを知らない。
大人になっても知識のアップデートが必要ということですが、
広範囲の情報にもれなくアンテナを立てておくことは
実際には難しいですよね……。
学校ってそういう面で、ほんとありがたいシステムだな。

奈良時代の税金「租庸調」を「租調庸」の順番で
教わることに驚いたのは、小6の時だったかな?
同じように、
「島原の乱」を「島原・天草一揆」、
「大塩平八郎の乱」を「大塩の乱」などなど
ちょっと呼び方変わっていることがいくつかあって、
何が理由でいつ変わったのかなぁと思います。
こういうのも、なかなか知る機会がないですね。

あと、わたしの頃は戦後の歴史をほとんど
教わりませんでした。
第一次・第二次世界大戦以降のことがらは
ほとんど授業でも扱わず、うやむやなまま
時間切れで卒業、サヨナラ~~みたいな具合でした。

今の中学校では戦後のこともガッツリ習って
なんなら入試でも頻出分野だそうで
びっくりしました。
「もはや戦後ではない」は
今こそ使う言葉かもしれません。
冷戦、ベルリンの壁崩壊、EU発足、米同時多発テロなど
ふつーに生きてた年のことを
がんばって年号覚えたりしているので、
お、おう……という気持ちになりましたね……。

国語は、教わる内容は普遍的ですが
教材となる文章がやはり新しくなっていて、
たとえば短歌の単元で、自分よりお若い歌人の作品が
載っていて驚きでした。

去年、又吉さんの「ヘウレーカ!」という番組の
「月はなぜヒトの心を捉えるのか」の回を見ていたら、
その週の専門家として出演されていた
小久保英一郎教授のお名前になぜか見覚えがあって、
「2年の教科書に載っていた論説文の筆者の方か!」
と気づいてテンション上がったことがあります。

その論説文は月の起源について書かれたもので
最新の学説だったので驚いて印象に残っていたのですが、
番組で小久保教授が
「今ぼくの書いた文章が中学校の教科書に
載っているんですよ」と話をされていました。
「依頼を受けた時、理科の教科書かな?と思ったのに
国語の教科書でしたw」という裏話が面白かったです。

あと国語の教科書には椎名誠さんの書き下ろしが
載っていて、椎名さんファンであることを知っている娘が
見せてくれました。
あの時は、得した気分だったな!

数学だけは、30年前と変わったところはなかったかなぁ。
ただ今年は、休校の影響で年度の始まりが遅れたので
3年生の最後の単元である「三平方の定理」「標本調査」が
私立中学の入試の範囲から減らされたと聞きました。
(我が地元の県での話です)
1月末の段階で三平方習っていなくて、
2月初めの私立入試どうなるの?と心配だったので、
ありがたい対応だと思いました。

わたしは中学の頃一番好きな教科は数学でした。
今勉強を見ていても一番数学が面白いので、
好みは変わらないものだなと思います。

高校の数学は難しくなるので、今みたいに聞かれて
パッと解いて教えることはできなくなるだろうから、
もう一度イチから勉強し直したいな。

学生の時あまり好きじゃなかった科目も
今見ると案外面白く思えるのは、
定期試験や入試を受けるプレッシャがないからかな。
のんきに面白がっているのは
若干受験生に申し訳なくはあります。

とりあえず3月の入試まで、あと一息
がんばってもらいたいと思います。
4月からの楽しい毎日のために。

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